9月12日(水)90日め 金山遺跡を観る(1)大立地区~北沢地区

今日は金山遺跡を見に行く。

江戸時代の人形がある坑道は写真などで有名だ。その外にもいろいろあるだろうとは考えていたが、半日もあれば見終わるだろう、ぐらいに思っていたのが甘かった。

金山遺跡があるのは赤丸あたり。相川(あいかわ)という地域。

真野の宿から18km、30分ほど走り、相川に着く。

現地の案内図。えっ、こんなにあるの?

地区が5つ。山のほう(東側)から、
・大立(おおだて)地区
・高任(たかとう)地区
・間ノ山(まのやま)地区
・北沢(きたざわ)地区
・大間(おおま)地区

面白い! よし! 山のほうから順に全部回ってやろうじゃないの。

ということで、まず大立地区へ。

大立竪坑(おおだて たてこう)。明治10年(1877年)完成の西洋式竪坑だ。

見上げると正面の名称が何かおかしい、、、

佐渡金
大立竪

って、なに?

右端の「山」と「坑」がないのだ。

う~む。関係者はどうした? 気づかないのか、直す気がないのか? たいして費用がかかるとは思えないが、、、

竪坑は、地表と(水平の)坑道を結ぶ垂直な坑道。上図では右端と左端にある。大立竪坑は右端のほう。
最終深度352m。巻き上げ動力は、馬→蒸気機関→電動機と変化。平成元年まで稼働していたらしい。

櫓の右側に石段がある。登ってみよう。

櫓の真ん中あたりに出る。巻き上げ動力装置などが見られるかと思ったのだが、、、
ゲートには鍵が、、、残念!

次に行こう。少し西の高任地区に向かう。

200mほど走ると大切山抗(おおぎりやまこう)。

坑道の入り口が見える。立入禁止。

江戸初期に山師(やまし、鉱山業者)の与次右衛門(よじえもん)が14年かけて400mの坑道を掘り進め、大鉱脈を発見したらしい。
空気不足を防ぐため、坑道を2本、平行に掘り、途中で数ヶ所貫通させて空気を循環させた、と解説にある。なるほど。

案内板の絵図。すぐ向こうが「青盤脈露頭堀り」というものだったらしい。

茶色の地肌が露頭堀りしたところ

穴がある。狸の穴に似ているから狸穴という。もちろん金を掘った穴だ。

垂直に切り立った山が見える。道遊の割戸(どうゆうのわりと)という。金を掘った結果、山がV字にえぐられてしまったのだ。

さらに300mほど進むと「史跡 佐渡金山」という観光スポット。

坑道に入れる。有料。株式会社 ゴールデン佐渡の運営。

坑道は、宗太夫坑(そうだゆうこう)、道遊坑(どうゆうこう)の2つ。

宗太夫坑の案内。当時の姿を伝える人形が配置されている。

道遊坑の案内。

係員の説明では、道遊坑に入ると道遊の割戸が正面から見られるとのこと。さっき見たのは裏側からだったようだ。山に表裏があるの?という気もするが、、、

坑道も含めて付近一帯がゴールデン佐渡という企業の所有らしい。坑道入り口の隣には土産物店がある。坑道に入ると最後に土産物店に出てくるという流れ。観光地によくあるパターン。

土産物店を覗いてみる。

人気No.1 小判チョコレート 埋蔵金。サンプルを食べてみる。普通のチョコレート。中から金は出てこなかった。

人気No.2 純金カステラ。表面に金粉らしき文様が、、、 カステラ自体が金ぽい。

大きさがベストマッチなのがこれ。金箔・栗ようかん。金の延棒サイズ。

小判トランプ。キングはお殿様。お正月に使うと盛り上がりそう。買いたいな、と心が動いた。

金塊型BOXティッシュ。総額約200億円。200円 × 325本 = 6万5千円で大金持ちになった気分?

気に入ったのはこれ。

宗太夫坑解説書。A5サイズ、オールカラー。

(注)写真は無断掲載。苦情が来て削除するまでの期間限定掲載。

写真と詳細な解説が40ページ。表紙は本文とは別の厚手の紙。全ページに光沢感のあるコーティングがしてある(PP加工という)。

これで100円。安い! 即、ゲット。

印刷費が100円以上かかっているはず。どう考えても赤字。補助金が出ているのかも?

ということはさておき、ここに行ったら買うのが正解。強く推奨。

読めばわかる、ということで、坑道には入らず。先に進む。

土産物店の道を挟んだ向かいにある宗太夫坑入り口。チケットを買う入り口とは別のもの。ここからは入れない。

「佐渡金銀山を世界遺産に」の旗は、佐渡市役所産業観光部の世界遺産推進課のもの。あとで知ったのだがホームページもある。

周辺案内図によると、粗砕場(そさいば)・貯鉱舎が近い。搗鉱場(とうこうば)跡もある。

300mほど走る。

粗砕場。金などの鉱石を含む土を粗く砕く施設。残念ながら敷地内は立入禁止。

貯鉱舎。砕いた土を貯めておく施設。

貯鉱舎の隣にある石積アーチ橋。写真左手。

なかなか渋い。

橋の内壁には銘板が残っている、とある。さっそく探す。

あった! これだ。

石積アーチ橋は2つある。下流の橋の上に乗り、上流の橋を撮る。
なかなか絵になっている。桜が咲くと綺麗だろう。

相棒バイクの正面に粗砕場がある。立入禁止表示の下に(株)ゴールデン佐渡とある。企業の所有物は開放が難しい。老朽化しているし。有料にして管理人を置いても、観光客が入るとは思えない。採算は合わないだろう。

道の反対側には搗鉱場(とうこうば)跡。当時の日本では最も整備された製錬所だったようだ。

この廃墟感!  いいですね。

200mほど行くと金山茶屋。

駐車場から見える道遊の割戸。V字にえぐれている。下の白いのは粗砕場の屋根。

400mほど進む。

無宿人の墓の入り口。右手の階段を登っていく。墓ではなく供養塔があるらしい。

階段を登る。赤茶けた壁が印象に残る。

途中の標識。このあたりは間ノ山地区。金山関係者が住んでいた町がある。

無宿人供養塔の一つ。書体が面白い。

「江戸」とあるのは無宿人が江戸から連れてこられたから。治安維持の名目で幕府が無宿人を拘束し、佐渡に送り込んだらしい。

これも同じ書体。

塔婆も同じ書体。現在も同じ書体で統一されている。
なぜこの書体で統一されているのか? 調べたら面白いかも。

分岐点の標識にあった、中町、京町に向かう。

次郎町。鉱山労働者の居住地、とある。今は建物はない。なぜかお地蔵さん。

お地蔵さんの向かいの普明の鐘。「開山以来の一切諸霊の鎮魂」とある。
ついてみる。

ゴーン~~~~~~~~~~~~

あたり一帯に響き渡る。誰がついても鎮魂になるのだろうか? つく人の想いしだいか。

普明の鐘の解説。「佐渡が島」という民謡の歌詞がいい。ジンとくるものがある。

数分歩くと大工町に出る。「金銀山坑夫の町」とある。空地が目立つ。

このまま京町に行くと相棒バイクから離れすぎる。いったん戻るか。

廃屋がチラホラ。

イチジクに群がる蜂。ホバリングしている。飛ぶ蜂を撮ったのは初めて。ちょっと嬉しい。

万照寺の門。

アジのひらきも浮世の人も塩をふられて味がでる

面白い。が、確かに、とは言いにくい。自分はどうだ? 塩はたくさんふられたが、味はでたか?

万照寺脇の相川町史跡歩道マップ。相川町というのは金山遺跡のある町。まだほとんど観ていない。

先を急ごう。

相棒バイクに戻り、乗って回ることにする。徒歩だと時間がかかりすぎる。

相棒で寺町ルートを走る。

中寺町。この案内標識はいい。位置関係がよくわかる。佐渡市の世界遺産推進課が整備したもの。2017年立案の整備計画の一環だ。

坂を登る。独特の風景が広がる。ありそうで、ない風景。

登り切ってグルっと左に旋回し、しばらく山中を走る。

大工町に出る。さっき歩いてきたところ。「金穿り(きんほり)・大工が住んだ町」とある。

撮影中に出会った方。「中寺町」「大工町」などの標識をデザイン・製作したとのこと。デザイナー&製作技術者。このあたりの昔の様子を聞かせていただいた。

今は空き地が多いけど、昔は家が続いていたんだよ。

うしろの家は誰も住んでないんですよね。

ああ、そうだな。(高齢者が)亡くなって、そのままだ。

ここに住むのはたいへんですよね?

ずっと住んでるから、そうでもないよ。いいところだよ。住めば都っていうだろ。
何? 日本一周? 気をつけてな。旨いものを食べな。

ありがとうございました。お元気で。

空き地が続く。道は狭い。市街地は遠い。生活には不便だ。
景観を守るために古い木造住宅に住む。それは辛い。
子供たちは出ていく。親だけが残る。
世界遺産になれば補助金は増えるだろう。だが制約も増える。いいのか悪いのか?

京町に向かう。

途中の休憩所から道遊の割戸が見える

相棒とのツーショット。なかなか絵になる。

新五郎町。町を開いた人の名が付いている。付近一帯に人の名が付いた町がたくさんある。

この家は昭和時代の家をリニューアルしたもの。観光客向け。家の中が見られる。

昭和だ。

建物全体。二軒長屋。

隣の家。向かって左は無人。右には住人あり。

右側の家。撮影していたら住人の女性(高齢者)が出てきて、いろいろ説明していただいた。

主観的内容が多いため割愛。

確かなのは80歳を超える女性がここで一人暮らしをしているということ。車などの移動手段を持たないので買い出しだけでも苦労する。でも、子供たちに戻ってこいとは言えない、とおっしゃる。元気なうちはいいけれど、、、

向かいにある相川拘置支所。

門が開いている。中の見学OK。

建物を入ったところ。

鉄扉の向こうが拘置エリア。

支所長室。

錆びた金庫の存在感がすごい。

坂道に沿って建てられた台形の家。中の床はどうなっているのだろう? 部屋ごとに段々になっているのだろうか?

京町に出る。

京風の家。連子窓が粋だ。

時鐘楼(じしょうろう)。時鐘(じしょう)とは、時(とき)を知らせる鐘。

埼玉県川越市の時鐘は「時の鐘(ときのかね)」と呼ばれている。「時の鐘(ときのかね)」という呼称は川越だけらしい。一般的に使うものだと思っていた。

時鐘楼とのツーショット。

坂を下る。

印象的なレンガ塀が出現。

佐渡版画村美術館。

この向かいが佐渡奉行所跡。

奉行所の建物が復元されている。

奉行所前の堀。左手は奉行家族の住まいがあった場所。家族が奉行所の中を通らずに出入りができるよう、橋が架かっている。

陽がだいぶ傾いた。北沢地区に急ごう。

500mほど坂を下ると北沢地区。

北沢浮遊選鉱場跡(きたざわ ふゆう せんこうば あと)。

浮遊選鉱という技術で鉱物(金など)を分離する施設だ。鉱物を含んだ土を油が混ざった水に入れて混ぜる。すると水に溶ける土は下に沈み、溶けない鉱物は油とくっついて浮いてくる、という仕組みだ。金だけでなく、さまざまな鉱物が分離されるのだろう。

レンガの建物は、火力発電所・発電機室棟。

斜面をうまく利用している。巨大だ。

パノラマで撮ってみた。歪んでいるが本当はまっすぐ。

向かって右側。廃墟感がすごい。

丸いのはタンクか。ツタのコントラストがいい。

向かって左側。構造体の間から後ろが見える。この廃墟感。ツタもいい味を出している。
下部手前に設置されている黒いものはライト。夜になるとライトアップされる。

解説図。ここまでの写真は右上の建物。

左上の建物はこれ ↓

旧北沢青化・浮選鉱所。

50mシックナー。泥状の鉱石と水を分離する建造物。

鋳造工場跡に残るキューポラ。キューポラは鉄を溶かす装置。溶銑炉、溶解炉。

北沢地区は見ごたえがあった。私的廃墟トップ10に入る。

日が暮れてきた。宿へ帰ろう。

高台からの風景。
ブルーとオレンジの絶妙なハーモニー。
30分ほど夢中でシャッターを切り続けた。

日没寸前。オレンジが朱に変わる。最後の輝き。

【本日の計画変更】
佐渡がこんなに見どころ満載とは思わなった。不勉強の至り。
2日ほど滞在を伸ばすことに決め、同じ宿に延泊の手配。
帰りのフェーリーは予約していないので無問題。

明日は、金山関連遺跡群で残りの一つ、大間港跡を見に行く。
面白そうな予感がする。楽しみだ。

8月28日(火)75日め 白神山地の十二湖を歩く

宿のご主人は十二湖のパトロールやガイドもなさっているのだとか。昨日もその関係で外出していたようだ。

兼業じゃたいへんですよね。昨日は、まじめに商売しろよ、とか思ってすみません。

今日もパトロールで出かけるとのこと。その前の忙しい時間帯なのに、お薦めポイントを説明してくださった。散策マップに朱書きしたものと要点のメモまで。

1の青池ルートのほうは知っていたが、2の日本キャニオン谷底のほうは知らなかった。散策マップには「展望所」と「展望ポイント」の2カ所が載っている。「谷底」は「展望ポイント」のことらしい。

よし、まず谷底に行こう。

宿から7~8分で五能線十二湖駅。そこから1分ほどで日暮橋に着く。

橋の隣のキャニオン広場に相棒を停める。

宿のご主人のメモを見て入り口を探す。

ここが入り口。日本キャニオンの標識がないので、ご主人の教えなしでは分からないだろう。

沢に出る。

沢沿いに歩く。木の下をくぐったり、沢を渡ったり。子供のころ近くの雑木林でやった冒険みたい。

超~楽しい~。子供心に戻って歩く。

日本キャニオンの白い山肌が見えた。よしよし、だいぶ近づいたぞ。

10分、15分、、、あれ?

歩けど歩けど着かないぞ。メモには、ゆっくり歩いて10分ぐらい、と書いてあったはずだが、、、

20分。これ以上は進めない雰囲気になってきた。

おかしい。不安がよぎる。迷った?

メモを取り出して再確認。すると、、、

「川の上流に入らないように」 一番下にちゃんと書いてある。

が~ん! 進む方向を最初から間違えていたんだ。

子供によくある失敗。心だけじゃなく頭も子供に戻っていたのか、、、

子供は立ち直るのも早い。戻ればいいだけだ。無問題。

人生ゲームのカード「20分歩いて、振り出しに戻る」を引いた気分。

ここが最初に沢を渡った場所だ。

見回すと沢の向こう側に道がある。

あっちなのか。

7、8分でこんな光景が。期待が高まる。右と左のどっちに行こうか。

まずは左から行ってみよう。

ちょっと進むと、いきなり、、、

ど~ん! 目の前に白い山肌が。すごい、、、

右手に回り込む。

一番奥の白と茶が混ざった山が気になる。

アップで撮影。

観る前は、キャニオンと呼ぶほどか、と疑っていたが、呼んでもいいのかも。アメリカのキャニオンを観たことはないのだが。

キャニオン広場に戻る途中。光のスポットライト。

キャニオンもいいが、こんなのもいい。

青池に向かう途中、キャニオン入り口がある。散策マップの「展望所」だ。

こっちは上から眺めるのだろう。行ってみよう。

整備された歩道を登る。

途中、こんな光景が。

山を治療中です
枝先にひかりをあつめて春芽吹く
山のえいようとなるまで見守っていてください

これを作った人の人柄が感じられるステキな立札。心がふんわりと温かくなる。

展望所に着く。

アップで撮影したあの山だ。谷底からは手前の部分しか見えなかったが、ずっと向こうまで続いている。キャニオンか、、、なるほど、、、

次は青池周辺の散策だ。

少し離れた駐車場に相棒を停めて歩く。

沸壺池の清水。平成の名水百選、とある。一口飲んでみる。思ったほど冷たくない。

約1km、30分ほど歩いて青池に着く。

青い。澄んで透き通っている。

光が差し込み、底がよく見える。水中に沈む樹木が見える。

予想以上に美しかった。

階段を上り、ブナ自然林を歩く。

ブナ自然林は200mほど。あっという間に沸壺の池への分岐点。

分岐点から300mほど歩くと沸壺の池。

こちらも澄んだ水が美しい。

駐車場に戻る途中で、珍しい植物を発見。

名前がわからない。これがいつも悲しい。

こんな可憐(かれん)な花も。

十二湖は誰でも簡単にアクセスできる白神山地だ。ただ、こちらだけでは物足りない。暗門の滝ルート、津軽峠ルートと併せてやっと白神山地の片鱗がわかる、というところか。

今日の宿は八峰町というところ。十二湖から40km、1時間ほど南下する。

途中で、大好きなローカル踏切を発見。記念撮影。

♪ 線路は続くよ、どこまでも~

こういう風景、大好き! 五能線は鉄道ファンに人気があるらしい。この風景だけでファンになった。

【本日のデータ】
日本キャニオン:谷底は知る人ぞ知るお薦めスポット。
沸壺の池:青池に次ぐ美しさ。立ち寄らないともったいない。

8月23日(木)70日め お岩木山登山を断念、白神山地トレッキング

今日は登山日和になるはずなのでお岩木山(おいわきやま)に登る予定。

朝、弘前の宿から見えるお岩木山。突出した存在感。歌になるのがよくわかる。

8合目までは相棒で行けるので楽勝だ。写真を撮りながら走る。

正面にお岩木山を見ながら走る。爽快、爽快。

鷹?が飛ぶ。よく見ると地表に紐で繋がれている。風に吹かれてビュンビュン飛び回る。

岩木山(いわきさん)8合目に向かう津軽岩木スカイライン。

※お岩木山(おいわきやま)と岩木山(いわきさん)。「お」が着くと「やま」、無いと「さん」。日本語は難しい。

快調にスカイラインを走り、料金所に着く。

そこで係員から信じられない言葉が、、、

125cc以下は通行できないよ。

えっ。なぜ? どうして?

う~ん、昔っからの古い規則なんだろかねぇ。とにかく通行はムリだなぁ。そこの看板見て。

う~む。確かに。右上に「125cc以下の自動二輪車は通行できません」とある。

困った。日陰に相棒を停め、頭を高速回転させる、

レンタルバイクかレンタカーを借りる手がある。Googleマップで付近を検索。弘前まで戻らないとダメだ。往復2時間。今、10時10分。手続きに30分。なんやかやで戻れるのは13時ごろか。レンタカー代金、少なくとも5000円以上か。

と、係員が「嶽温泉からシャトルバスが出てますよ。次は12時ごろだと思います」

ホントですか、じゃあ、行ってみます。

相棒と料金所のくやしいツーショットを撮り、嶽温泉に急ぐ。

嶽温泉のシャトルバスの時刻表。

今、10時30分。惜しい、10分前に10:20発が出たばかり。

じゃあ、12:20発でいこう。

待てよ。帰りは? こっちが14:20ということは???

8合目発の最終時刻が知りたい。どこかでわからないか。あのお店で聞こう。

すみませ~ん、、、、(中略)

話を総合すると、最終バスは15:30~15:50らしい。

13時に着いたとして、2時間30分で頂上まで往復できるか? まず無理だ。

ということでお岩木山は断念。ならば白神山地をトレッキングしよう。

ということで急遽アクアグリーンビレッジANMONに向かう。

30分ほどで到着。

案内図を再確認。

案内図の赤い太いライン、津軽峠→高倉森→現在地のルートを歩こう。

まずバスで津軽峠まで行って、そこから歩いて戻ればいいわけだ。

バスの時刻表を確認する。次は12:40発。今、11:30。時間はたっぷり。

正面のお店が目に付く。白神りんごラーメン。暑いのでザル中華にする。どちらも麺にリンゴが練り込んである。繊細な趣の細麺。美味しい。美人の奥さまに完熟メロンをごちそうしていただいた。これも美味しい。ああ、津軽はいいところだ。

12:40 バスが出発。砂利道。ずっと揺れ続ける。睡魔が襲う。

乗客は私一人だけ。貸し切り。ちょっと寂しい。

津軽峠に着く。

自然観察歩道入り口。

現在地は案内図の上のほう。下のほうまで歩くわけだ。ざっと5.5km

まずはマザーツリーを見に行く。

赤い実がお出迎え。名前がわからないのが悲しいところ。

マザーツリーに着き、記念撮影。

下のほうに写っているのだが、、、木と同化している。

幹に抱き着いて胴回りの測定。感覚的には直径1.8m。正直に言うと、もっと太いと思った。これがマザーならファーザーがあるのではないか? そんな気がする。

戻る途中、展望所を発見。行ってみる。

お岩木山。雲がわき始めた。鷹?が飛んでいる。今日のは紐がない。自由になれてよかったね。

どれかが尾太岳。左端のちょっと高い山か?

1340 本格的にトレッキング開始。5.5km、4時間。楽勝!のはず。

入下山カウンター。きちんと管理されているエリアにはこれが付いている気がする。

植物の種類が多い。歩くとどんどん変わる。

植物の名がわからないのが悲しい。最後のだけはわかる。たぶん笹。違ったらショック!

ここまでで400m歩いただけ。まだまだ楽しみは多い。

ブナの樹が多くなる。

りっぱな樹が目に付く。

500m間隔で標識がある。

ブナの並ぶ姿が美しい。

地面に目をやると、、、

キノコなのはわかる。それ以上はちょっと、、、

幹の太いブナの樹がしだいに増える。

ところどころで視界が開ける。

お岩木山の山頂は完全に雲がかかった。無理してお岩木山に行かずによかった。

世界遺産のエリアには核心地域と緩衝地域がある。一般人が入れるのは緩衝地域だけ。今、歩いているのは緩衝地域の一番外側だ。

3.6kmの標識から少しあるくと高倉森。とりわけ何かがあるわけではない。

もう少しで半分だ。

「危険木!」の貼り紙。どこが危険なんだろう?と後ろに回ると、、、

こりゃ危険だ。いつ倒れるかわからない。

他にも老木がチラホラ。

残り2.6km。半分がすぎたことになる。

と、マザーツリーよりも太く貫禄があるブナの樹が。大きすぎて広角でも入らない。

パノラマで撮ってみた。

根元をアップで。

すごい存在感。これがファーザーツリーなのでは? ビジターセンターの資料にも観光ガイドにも、どこにも出てこないのが不思議だ。

トンボがたくさん飛んでいるのだが、飛ぶのを撮るのは難しい。
だが、まれに一瞬のシャッターチャンスが訪れる。

ここで一句。羽休め 撮ってもいいと ポーズ決め

※川柳しか出てこない。残念!

このあたりから下り坂になり、背丈ほどの植物が歩道に覆いかぶさる。

写真ではわかりにくいが、かなりの急坂。

落ち葉が歩道を埋め尽くしている。ふかふかとして脚にやさしい。

ぬかるみもところどころに。

あと1km。5時までには着けるだろう。

尾根を歩く。両側が見下ろせるのは気持ちがいい。

入出山カウンターに出会うと終点だ。向こうに道路が見える。

16時45分。思ったよりも早かった。

【本日のデータ】
アクアグリーンビレッジANMON発 津軽峠行きバス(1日2本)
10:20
12:40

津軽峠→アクアグリーンビレッジANMON:3時間30分~4時間

【本日の妄想】
議長:本日のテーマは「最古ブナの公表と周知について」です。最古ブナをわれわれはファーザーツリーと仮称しています。この存在を公表・周知することで白神山地の広報活動に寄与すべきだという意見があります。みなさんのご意見をお聞かせください。

賛成派A氏:もちろん大々的に宣伝すべきです、津軽峠にマザー、高倉森にファーザー。非常に効果的な宣伝・集客効果が見込まれます。

反対派B氏:そこまではその通り。反論はありません。問題はそこからです。ファーザーは、津軽峠コースの真ん中あたりにあるんですよ。津軽峠コースを歩く観光客がどっと増える。自分の健康に過剰な自信を持つ高齢者、無茶で軽率な若者、読者を煽って部数を伸ばしたいマスコミ、そのような人たちがどっと押し掛ける。そんな状況を想像してみてください。はい、3分間想像をどうぞ。

その後の多くの意見(結論):管理の負荷やコストが急激に増える。それに見合った収益は期待できない。われわれにとって利点がない。今のままそっとしておこう。