2019/5/23 鹿児島の世界遺産を巡る(D186)

※これを書いているのは7/14(日)。時間が経ちすぎてだいぶ忘れてしまった。高揚感も薄れている。やはり旬なうちに書かかないとダメですね。

今日は鹿児島市内を観光したあと、明治の世界遺産群を観ながら霧島市に向かう予定。

まず、バイクは宿の駐車場に停めたまま、徒歩で鹿児島中央駅に向かう。

数分で駅前広場に到着。

江戸時代、薩摩藩から外国に留学した人たちの群像がある。
この位置から見ると、後ろの観覧車が後光っぽく見えるのが面白い。

この留学生たちが薩摩藩の中核となり、明治維新に繋がっていくことになる。外を見て学んでいた薩摩藩と国内しか見ていなかった幕府。大きな力の差が生まれるのは当然だと改めて感じる。

駅に向かう。

辻立ちで托鉢(たくはつ)中の修行僧。
スマホ片手に急ぐ女性と鉢を片手に身じろぎしない僧。
同じ空間で一瞬の交差。いつでもどこでもドラマがある。

駅の階段。休憩用の椅子で談笑する人たち。いいね!

登ってみた。

二人掛け、3段おき。センスある設備。企画者に「いいね!」を贈呈。

駅ビルの観覧車アミュランに乗ってみた。

足元も透明なオールクリアーゴンドラ。

素早く乗り込む。まだ屋内なので外の景色は見えない。

音声ガイド。無料。
ゴンドラはじわじわ上昇中。

双眼鏡。こちらも無料。
ゴンドラ下部の透明度はこのくらい。キズだらけで曇っている。

屋上から上に抜けた瞬間。う~、ワクワクする。こういう瞬間が好き。

留学生群像が見える。

新幹線も見える。

桜島をバックにした鹿児島市内。中央に見える甲突川(こうつきがわ)がいいね。

路面電車が走る街は楽しい。富山も広島も鹿児島も楽しい街だ。

14分30秒の空中散歩。楽しかった!

宿に戻り、バイクで出発。

西郷隆盛像。小高い場所から道行く人々を見下ろしている。
上野公園の浴衣姿とは異なり、こちらは軍服姿。お腹が出ているのは同じ。

市立美術館の駐車場にバイクを置き、徒歩で市内を散策することにした。

まず、鹿児島県 歴史資料センター 黎明館に向かう。ここは島津氏の居城、鹿児島城(鶴丸城)があったところ。

黎明館庭園に移設されていた民家が興味深かった。
二つの家が連結された「樋の間(てのま)二つ家」という造りだ。

裏から。確かに二つの家がつながっている。

間取図。「てのま」で連結されたL字形なのがわかる。

正面から。てのま(樋の間)の屋根部分が雨樋になっている。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 1375251-1280x853.jpg です

造りが面白い。
元々は竹だけを組み合わせたものだろう。近代になって補修で銅板を被せたのではないか。
竹だけでも雨量が少なければ雨漏りしない構造だ。どこまでの雨量に耐えられるかは微妙だが。

内部。間取図で「どっにわ」(L字の角のところ)からの風景。
左手が「なかえ」側、右手が「てのま」「すえ」「かみおもて」側。
二家族が半独立状態で土間(キッチン)を共有していたわけだ。
二世帯住宅!

北東へ2、3分歩いたところに薩摩義士碑がある。
これは幕末&明治維新とは関係なく、江戸時代(宝暦)に幕府の命で行われた木曽川・揖斐川・長良川(岐阜県)の改修工事の犠牲者の碑。1000人が動員され、88名がなくなったらしい。死者が8.8%とは!

駐車場まで戻り、バイクで西郷隆盛 南洲翁 洞窟へ向かう。
西南戦争のときに西郷隆盛が立てこもったという洞窟だ。

これがその洞窟。

5日間この洞窟ですごした、とある。享年49歳。

そこからバイクで3分ほど坂道を登ると城山公園駐車場。
さらに徒歩で5分ほど登ると城山公園展望台に着く。

桜島をバックに記念撮影する小学生たち。修学旅行or遠足だろう。

雲もなく絶好の行楽日和。街も桜島もよく見える。
標高107m。観覧車アミュランの最大高は91m。こちらのほうが16mほど高い。

気が付くと14:30。ゆっくりしすぎた。
世界遺産群巡りに出発しよう。

城山公園駐車場から4km、10分ほど走り、通称「異人館」に着く。

旧鹿児島紡績所技師館(異人館)入口。

イギリス式コロニアル様式の典型的な建物だ。

二階の窓ガラスに反射した光が虹のような模様を作る。
当時の窓ガラスには微妙な歪みがあるのでこう見える。
古い洋風建築で大好きなところがこれ。素晴らしい!

中は資料館になっている。

コロニアル様式の解説。

コロニアル様式の系統図が面白かった。
この異人館や長崎の有名な旧グラバー住宅はベランダコロニアル。
長崎の大浦天主堂は木骨石造コロニアル。
札幌時計台は下見板コロニアル。
ひと口にコロニアルと言ってもいろいろあるものだ。

世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の解説。
「鹿児島から始まる~」という見出しが誇らしげだ。

さて、いくつかの跡地を見ながら仙厳園に向かおう。

造船所跡。案内板だけ。

鹿児島紡績所跡。案内板だけ。

バイクで3分ほど走ると旧集成館機械工場だ。

旧集成館とはたくさんの工場が集まったものを言う。この建物はその一つで、機械工場。現存する日本最古の洋式工場だ。イギリスやオランダから輸入した機械を蒸気機関で駆動し、さまざまな機械部品を製造していた。
現在は、博物館になっていて、当時の機械が陳列されている。撮影禁止なのでお見せできないのが残念。
江戸時代からこんな機械を使って船の部品などを製造していたのか、と思うと、薩摩藩主たちの先見性には頭が下がる。

すぐ隣の仙厳園に向かう。薩摩藩主島津家の別邸だ。
これがすごい。島津家がいかに先進的かを目の当たりにすることができる。

案内板。ここを訪れた際は、案内板をよく読み、重要なものを見逃さないほうがいい。ボーっと見てるとチコちゃんに叱られる。

仙厳園入口。島図家の家紋が印象的だ。

入口を入ると、正面に反射炉跡が見える。

反射炉とは金属を溶かして精錬する設備。これは大砲を鋳造するために造られた。
外国船と戦うには高性能な大砲が必要だが、輸入するだけでは限界がある、ということで反射炉を建造して自分たちで大砲を作ったわけだ。
こうして作られた大砲がのちに幕府との戦いで役立つわけだ。

現在、残っているのは基礎部分。階段があるので登ってみた。

けっこう複雑な構造だ。

別邸の中に大砲製造所がある、というのが面白い。幕府の目から隠すには好都合なので、きっとそんな理由もあったのだろう。

薬丸自顕流(じげんりゅう)の展示棟。
一般的には「示現流」と書く、流祖の東郷重位(とうごう ちゅうい/しげかた)が有名だ。薬丸自顕流は示現流の分派で、江戸末期に薩摩藩の剣術師範をしていたので、関係が深いということで展示されているのだろう。

少し歩くと、いかにも日本庭園、という感じの庭に出る。

錫門(すずもん)。屋根が錫製なので、この名が付いた。
瓦ではなく錫製というのが面白い。江戸時代初期に薩摩藩で錫鉱山が発見されたので、設計者が「錫で作ってみましょう」みたいなノリだったのかも。

錫門を抜けると正面が御殿(お屋敷)。

中庭をグルっと囲むように廊下がある。障子から入る柔らかな光が美しい。

NHK大河ドラマ「西郷どん」(せごどん)の衣装。

薩摩焼の蓋付壺。同じものが二つ並ぶ。
島津家29代忠義が、ロシア帝国最後の皇帝、ニコライ2世の戴冠式のときに贈った薩摩焼の複製。現物はエルミタージュ美術館所蔵。
美しくて見惚れてしまった。写真では美しさが全く伝わらない。残念!

中庭。

畳の上に洋風のテーブルとイス。和洋折衷(わようせっちゅう)の見本その1。
来客時にはこのような形で食事をしたらしい。おそらく貿易相手の外国人がたくさん訪れたのだろう。

家紋入りの照明器具。さすが藩主だ。

廊下から回遊式庭園を望む。右手に桜島が見える。壮大な借景。

藩主の居間。日常はここで過ごしたらしい。
藩主が座った位置に座ってみた。

藩主の目線での眺め。桜島が額に入った絵のように見える。何という贅沢。

寝所。螺鈿細工(らでんざいく)の欄間(らんま)がオシャレ。

応接室。和洋折衷(わようせっちゅう)の見本その2。

庭に出てみる。

桜島がすぐそこ。

回遊式庭園。

高枡(たかます)。園内のわき水を石造りの水管集め、高枡から御殿前の池などに配水している。サイフォンの原理で水量を調整しているらしい。

明治25年に造られた水力発電用ダム跡。発電設備はどこにあったのだろう?

猫神わきの絵馬。

お尻のほうの水がいっぱいになると、このように頭が跳ね上がり、ゴン、と落ちる。

仙厳園を見終え、関吉の疎水溝に向かう。
約8km、20分。

集成館に工業用水を供給した水路。

左手が水路、右手が川。少し上流に水の取入口があるはずなのだが、よくわからなかった。

だいぶ、遅くなってしまった。
寺山炭窯跡に急ごう。反射炉などで使う上質な炭を作った窯だ。
約7km、20分。

駐車場らしき場所にバイクを停め、徒歩で坂道を下る。
90mほど歩くと道路の右側に炭窯が見えてきた。

炭窯は道路より低い位置にあるので、上から覗き込んでいる形になる。

炭窯を正面から見たところ。中央の出入り口から内部が少し見える。
あちこちがブルーシートで覆われているのは発掘調査中のため。

近代工業用エネルギーを自前で作る技術を開発していたことに驚く。
倒幕・明治維新はこの炭窯から生まれたと言っても過言ではない。
※NHKスペシャル風にまとめてみました。

後日談。
7月初旬の豪雨による土砂崩れで炭窯が埋没したというニュースがあった。https://www.sankei.com/life/photos/190702/lif1907020021-p1.html
山の中腹なので昔も同じようなことがあったのではないか。

【本日の宿】
霧島の隼人駅付近。5月19日、20日にもお世話になった宿。
バイク好きで楽しいご主人がいらしゃる。

【本日の感想】
明治の産業革命関連の世界遺産には興味があり、すべて回ろうと考えている。
明治維新の背景が肌で感じられる気がしてとても興味深い。

2019/5/9 首里城へ行く:1. 城壁&新公開の御内原を堪能(D172)

今日は、玉陵(たまうどぅん)&首里城に行く。
世界遺産群の中心的存在だ。

玉陵(たまうどぅん)
※「うどん」ではなく「うどぅん」。

チケット売場。地下が展示室になっている。

まず展示室に行く。

概要説明によると、玉陵は王族の納骨堂。

納骨室の模型。納骨室が3つある。
向かって左が王と妃。真ん中が洗骨室。右が一族。

骨を入れる厨子甕(ずしがめ)。沖縄では、ジーシガーミ、と言う。

中に入ること、触れることを禁じます。
Prohibited to touch and enter inside.

中に入る? 入れるの? 
四角いほうはD200×W300×H300mmぐらい。
丸いほうは直径200mmほど。
でも、きっと誰かが入ったんだろうなあ。そうでなければ、この貼り紙は無いはず。
入ったとすれば四角いほうか。
2歳ぐらいの幼児なら入ることもあるかも。

と、考えてはみたものの、今でも釈然としない。
係員に尋ねればよかった。反省。

玉陵に向かう。

外壁。

中央の門から入る。

入ったところ。何もない広い空間。

奥にも門がある。

門を入ったところ。納骨室が並ぶ。
写真は向かって左側。歴代の王&妃が眠るところ。

右側。一族が眠るところ。

3つの扉が面白かった。

向かって左の、王と妃の扉。左扉が黒く、右扉が白い。

真ん中の洗骨室の扉。左扉が白く、右扉が黒い。王と妃の扉とは逆。

向かって右の一族の扉。左右とも白い。

この配色は意図するものか偶然か?
単に、黒い扉は昔からのもの、白いのは最近のもの、というだけかもしれないが。
係員に尋ねればよかった。反省、その2。

さらに、これらの扉、閂(かんぬき)の違いが面白い。

王と妃の閂。左右均等の長さ。左側の留め具がない。破損した感じ。鍵もない。
王と妃の納骨室がこのままで大丈夫なのか?
係員に尋ねればよかった。反省、その3。

洗骨室の閂。閂は左が短く、留め具は左右の扉に付いている。鍵は左の扉。新品。

一族の閂。閂は左が極端に短い。留め具は左1つ右2つ形つ。鍵は右の扉。新品。

3つがこんなに異なるようにしたのは偶然? 意図的?
係員に尋ねればよかった。反省、その4。

洗骨室付近の壁をガリガリとひっかいている作業員。

お仕事中すみませ~~ん。何をなさっているんですかぁ?

△%&☆シダを取っているの。
苔は残してもよくて、△%&☆シダだけ取ってる。
△%&☆シダはほっとくと増えるんだなぁ。

そうなんですかぁ~、お疲れさまですぅ~。

△%&☆の部分、聞いた直後は憶えていたが、3歩あるいたら忘れてしまった。

掃除が終わったエリア。苔だけ残っている。

これから作業するエリア。シダと苔が混在している。

チケット売場のおねーさんたちに質問してみた。
取り除いている植物の名前は何と言いますか?
さっき聞いたんですが、忘れてしまって、、、

後ろにいた男性職員が出て来て回答してくださった。

取ってるやつ? ホウライシダ。はいっ。

と、見せていただいたのがこれ ↓

除草指示書。なるほど。

アレっ? 苔は取らなくてもいいって作業員の方がおっしゃっていましたが、、、

壁はそのままでいいんですが、地面のは取るんです。滑って危ないから。

なるほど。指示書、写真撮らせていただいていいですか?

いいですよ。どうぞ。

ずうずうしい観光客にも親切な対応。学芸員かもしれない。

東の詰所。

西は詰所跡。

さあ、次は首里城だ。4年前に来ているので2度め。
今回は、今年2月から公開された御内原(おうちばら)を見るのがメイン。
あと、城壁全体をちゃんと見る。

結果的に、上の図の赤線部分を歩いた。
こうしてみると、けっこう歩いたなあ。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

門の後ろに回り込む。
御嶽は門の後ろのこの空間。

守礼門の下を通り、歓会門に着く。

他の城(グスク)には門の上の木造建築は復元されていなかった。
首里城は復元されている。あると雰囲気が違うね。

向かって右側の隅頭石(すみがしらいし)。
隅頭石は今回の旅で気に入ったものの一つ。美的だ。
中城城(なかぐすくじょう)のもよかった。

門を入って、後ろから見る。
雨が直接当たらず汚れていない石垣部分はきれいだ。

石積みが面白い。

布積みのようだが違う。横を直線にそろえず、ずらしている(写真赤丸)。
布積みだと横にズレやすいはず。その弱点を解消する積み方だ。
おそらく、整層乱積み(せいそうらんづみ)。
素材の琉球石灰岩は柔らかそうなので、加工しやすさを生かしている感じ。

このような積み方も、かなり厳密に復元しているはず。
復元過程について調べたら面白そうだ。

門に続く城壁部分。ここも縦横のラインをずらしている。
気をつけて見ると、あちこちがそうなっている。

チケットを買い、御庭(うなー)に入る。正面が正殿。
赤(敷瓦)と薄黄色(石灰石)を組み合わせた床面のデザインが独特だ。
中央はさながらレッドカーペット。浮道(うきみち)と言う。
独特のデザインセンスが面白い。優秀な建築デザイナーがいたのだろう。

正殿に入る。

ガイドさんの無料案内に申し込む。15名限定。

ガイドさんの案内を聞きながら見学。
内部は撮影禁止だが、外を撮るのはオーケー。
ガイドさんを撮るのも(たぶん)オーケー。

正殿脇の南殿・番所で企画展を開催中。

琉球で使われているさまざまな赤色の展示会。撮影NG。
深い赤や鮮やかな朱など、たくさんの種類の赤がある。
製法もいろいろで、虫を煮て色を抽出するなど、面白かった。

王家の秘宝展。撮影NG。
写真にある二本の脇差。鞘がとても美しかった。
左:青貝巴紋散合口拵(あおがいともえもんちらしあいくちこしらえ)
右:青貝微塵塗印籠刻鞘合口拵(あおがいみじんぬりいんろうきざみさやあいくちこしらえ)

奥書院に掛けられていた掛軸。空気に触れるため、これは複製。
原本は黄金御殿(くがにうどぅん)のガラスケースに入っていた。撮影NG。

正殿二階の大庫理(うふぐい)。
ここで使われているさまざまな赤についてガイドさんが解説。面白かった。

玉座台の脇の彫刻。リスとブドウは幸福を招くのだそう。ガイドさん一押し。

王冠。

玉璽(ぎょくじ)。国王が持つ実印みたいなもの。
大きい。5cm角ぐらいだったと思う。

いよいよ正殿の裏手、御内原(おうちばら)に入る。
国王や家族の生活空間。女性がすべてを取り仕切る大奥みたいなところ。

全体の配置はこんな感じ。

正殿を裏に抜けたところ。後之御庭(くしのうなー)。

寄満(ゆいんち)。国王と家族の食事の準備をしていた場所。

女官居室(にょかんきょしつ)。

世誇殿(よほこりでん)。国王の即位の例が行われた場所。

脇を通って後ろに進む。

金蔵跡。宝物の保管庫。資料がなく復元できないので場所だけ。

さらに進むと、白銀門。

白銀門を入ったところ。寝廟殿(しんびょうでん)。
国王が亡くなったとき、遺体を一時的に安置した場所。
資料がなく、建物は復元できず。基壇のみ。

寝廟殿脇の階段を登る。

東(あがり)のアザナ。城の最東端にある物見台。
城下が一望できる。国王になった気分。

高いのが正殿。裏から見ている形。

東の方向に遠く久高島が見える。細長く霞んで見えるのがそれ。
神が最初に降りた島。
最初のうち国王は久高島までお参りに行っていた。そのうち斎場御嶽(せーふぁうたき)から久高島を拝むことで済ませるようになった。
どちらにしても久高島は信仰対象。

東(あがり)のアザナのすぐ脇。鐘楼があった場所。
時を知らせる鐘。ここなら、あたり一帯に鳴り響いたことだろう。

正殿の方向(西)を望む。城壁の曲線がよく見える。

北側には沖縄芸大。独特のデザインなのですぐわかる。

奥まで行きついたので、戻る。

湯殿跡。正式名称記録忘れ。
女官たちが湯あみする姿を想像するのはご自由に。

世誇殿に戻る。

イベントの真っ最中。

正殿を横から。屋根の上の龍をじっくり見たことがなかった。
よく見ると、とても精巧に復元してあるのがわかる。
髭がピロロン~と曲がりながら伸びているのが面白い。

北殿に入る。今は土産物売場だ。

売場脇の壁。首里城 Q&A。
22問ある。さあ、あなたはいくつ正解できるか。
問題と解答は次のブログを待て(笑)

北殿を出て、城壁の外を東に向かう。

淑順門(しゅくじゅんもん)の前を通り、さらに東に向かう。

ガマ遺構。女官たちの息抜きの場だったという伝承がある。

右上の高いのが、先ほど登った東(あがり)のアザナ。

正面に見える階段は登らず、左に回り込む。

最も外側の城壁を見下ろす。曲線が美しい。上部中央は右掖門(うえきもん)。

西に向かい、右掖門の脇を通り過ぎ、

久慶門(きゅうけいもん)から外に出る。外に出て振り返ったところ。

城壁の外側をまた東に向かう。城壁に沿ってグルっと半周しようという計画。

今いるのは、マップ中央の青い★あたり。
これから時計周りにグルっと回る。

城壁らしい城壁が続く。

左手は沖縄芸大。

東に進むにつれて高くなる。正面に東のアザナ&鐘楼エリアが見えてきた。

東のアザナ&鐘楼エリアの下を通り過ぎ、、、
城壁のカーブに沿って先に進む。

継世門(けいせいもん)が見えてきた。

継世門から中に入る。

正面に美福門が見える。ここからは中には入れない。

右手にある階段を登って、東のアザナのすぐ下に向かう。

左が東のアザナ、右が鐘楼エリア。

階段を右に降りるとガマ遺構。

今いるのは、マップ最上部の黄色い★あたり。

階段を美福門側に戻る。

美福門の前を通り過ぎ、ずっと西まで歩く。

西(いり)のアザナ。
正面の赤い屋根は首里杜館(すいむいかん)。首里城公園レストセンター。
レストラン、カフェ、ショップなどがある。

木曳門(こびきもん)から外へ出る。
門の上には木造の建築物があったはずだが、復元はされていない。
建物があった凹みに雑草が茂っているだけ。
ローカルな門は無視されがちだ。ちょっと哀愁がある、こんな門が好き。

ちょうど歩き終わったタイミグで雨が降り始めた。

カッパのズボンを履く。
カッパの上を着る。
ヘルメットをかぶる。
傘をさす。
スマホと小さなビニール袋を持って樹の下に行く。
Googleマップに宿の近くのスーパーマーケットをセットする。
スマホにビニール袋を被せて相棒バイクに戻る。
フォルダーにスマホをセットする。
傘をしまう。
エンジンをかけて走り出す。

雨が降ると一つ一つに手がかかる。

【本日の宿】
那覇、泊(とまり)ふ頭付近。若い人たちが運営する大規模ゲストハウス。2泊め。

【本日のデータ】
歩行距離:5km
歩数:10,416歩
登った階数:25階

2019/4/30 フクギ並木&今帰仁城跡&古宇利島(D163)

今日は、美ら海水族館の近くを通り抜け、フクギ並木を見て、沖縄世界遺産群の一つ今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ行く。
時間があれば古宇利島(こうりじま)にも行きたい。

宿を出発するとき、お母さん、娘さん、お孫さんの女性4人にお見送りしていただく。さらに、ジューシーのおにぎりまでいただく。ありがとうございます。
※ジューシー:沖縄の炊き込みご飯。

沖縄美ら海水族館がある海洋博公園へ向かう途中、こんな建物が、、、

バベルの塔日本版?

ではなく、熱帯ドリームセンター。海洋博公園の中の建物の一つ。

この看板の写真、4年間に女王陛下と来たときに入った記憶がある。
ただ、この外観は見た記憶がない。

エメラルドビーチ。ここも海洋博公園の一部。

フクギ並木通りの入り口に着く。備瀬集落の中にフクギが植えられている。

フクギのトンネルの向こうに伊江島(いえじま)が見える。
真ん中の尖っているのが城山(ぐすくやま)

海岸を歩く。

集落を歩く。

フクギはもう満腹だよぉ~、とすれ違った10代の女の子。
同感!

今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ向かう途中の交差点脇。
曲がったとたんにこの歓迎。

入場チケット400円を買い、ガイドさん(無料)を依頼。
順番待ち中に昼食。宿のお母さんからいただいたジューシーおにぎりを食べる。

15分ほどでガイドさんOK。説明を受けながら回り始める。

城跡に向かう途中にある模型。城壁全体の形がわかる。

ブルーシートは発掘中の場所。ずっと発掘作業が続いているとのこと。

発掘調査のときに見つかった城壁。草木で覆われていて存在が知られていなかった。

外郭を見上げる。

平郎門。

内側から見たところ。左右は武者隠しみたいない場所。
正確に復元できているのかは不明、とはガイドさん。

ガイドさんに教えていただいたカタツムリ。名前を伺ったのだが覚えていない。
周囲に毛のようなものが見える。それが特徴とのこと。

建物があった場所。

主郭(本丸)にある拝所。

拝所の中。ガイドさんに扉を開けていただいた。

沖縄のお線香。6本が平たくつながって1枚になっている。

打ち紙(ウチカビ)。故人が天国で使うお金。
お参りのときに燃やして天国に届ける。

志慶真門郭(しげまじょうかく)を見下ろす。
城主に仕えた身近な人々が住んだらしい。

志慶真門郭から主郭の城壁を見上げる。

今帰仁城はすべて荒積み。硬い岩石なので切削が難しかったことがその理由らしい。

御内原(ウーチバル)から大隅(ウーシミ)を見下ろす。

石垣の角が独特だ。隅頭石(すみがしらいし)の時代的変遷がわかるらしい。

外へ出る。
曲線を描く外郭の凸部分が一直線に揃っている。
壮観。

今帰仁城は、他のグスクと比べて複雑な構造をしている。
全体がパッとわかりにくい反面、興味深い点が多い。
時間をかけて調べれば面白いだろう。

なきじん 美人多し
わき見 注意!

今帰仁も美人が多いのか! もっとキョロキョロしそうだ。

古宇利島(こうりじま)に向かう。
古宇利島は、屋我地島(やがじしま)を経由して行く。

屋我地島に渡るワルミ大橋の手前、橋の駅リカリカワルミからの風景。
遠く古宇利大橋が見える。

古宇利大橋と古宇利島。

古宇利島から見た古宇利大橋。
海中道路から見る海はみな美しい。

【本日の宿】

名護市役所の近く。特記事項なし。

【本日のマニアック】

おそらくアメ車。直せば面白そう。持ち主は売らないだろう。