2019/5/9 首里城へ行く:1. 城壁&新公開の御内原を堪能(D172)

今日は、玉陵(たまうどぅん)&首里城に行く。
世界遺産群の中心的存在だ。

玉陵(たまうどぅん)
※「うどん」ではなく「うどぅん」。

チケット売場。地下が展示室になっている。

まず展示室に行く。

概要説明によると、玉陵は王族の納骨堂。

納骨室の模型。納骨室が3つある。
向かって左が王と妃。真ん中が洗骨室。右が一族。

骨を入れる厨子甕(ずしがめ)。沖縄では、ジーシガーミ、と言う。

中に入ること、触れることを禁じます。
Prohibited to touch and enter inside.

中に入る? 入れるの? 
四角いほうはD200×W300×H300mmぐらい。
丸いほうは直径200mmほど。
でも、きっと誰かが入ったんだろうなあ。そうでなければ、この貼り紙は無いはず。
入ったとすれば四角いほうか。
2歳ぐらいの幼児なら入ることもあるかも。

と、考えてはみたものの、今でも釈然としない。
係員に尋ねればよかった。反省。

玉陵に向かう。

外壁。

中央の門から入る。

入ったところ。何もない広い空間。

奥にも門がある。

門を入ったところ。納骨室が並ぶ。
写真は向かって左側。歴代の王&妃が眠るところ。

右側。一族が眠るところ。

3つの扉が面白かった。

向かって左の、王と妃の扉。左扉が黒く、右扉が白い。

真ん中の洗骨室の扉。左扉が白く、右扉が黒い。王と妃の扉とは逆。

向かって右の一族の扉。左右とも白い。

この配色は意図するものか偶然か?
単に、黒い扉は昔からのもの、白いのは最近のもの、というだけかもしれないが。
係員に尋ねればよかった。反省、その2。

さらに、これらの扉、閂(かんぬき)の違いが面白い。

王と妃の閂。左右均等の長さ。左側の留め具がない。破損した感じ。鍵もない。
王と妃の納骨室がこのままで大丈夫なのか?
係員に尋ねればよかった。反省、その3。

洗骨室の閂。閂は左が短く、留め具は左右の扉に付いている。鍵は左の扉。新品。

一族の閂。閂は左が極端に短い。留め具は左1つ右2つ形つ。鍵は右の扉。新品。

3つがこんなに異なるようにしたのは偶然? 意図的?
係員に尋ねればよかった。反省、その4。

洗骨室付近の壁をガリガリとひっかいている作業員。

お仕事中すみませ~~ん。何をなさっているんですかぁ?

△%&☆シダを取っているの。
苔は残してもよくて、△%&☆シダだけ取ってる。
△%&☆シダはほっとくと増えるんだなぁ。

そうなんですかぁ~、お疲れさまですぅ~。

△%&☆の部分、聞いた直後は憶えていたが、3歩あるいたら忘れてしまった。

掃除が終わったエリア。苔だけ残っている。

これから作業するエリア。シダと苔が混在している。

チケット売場のおねーさんたちに質問してみた。
取り除いている植物の名前は何と言いますか?
さっき聞いたんですが、忘れてしまって、、、

後ろにいた男性職員が出て来て回答してくださった。

取ってるやつ? ホウライシダ。はいっ。

と、見せていただいたのがこれ ↓

除草指示書。なるほど。

アレっ? 苔は取らなくてもいいって作業員の方がおっしゃっていましたが、、、

壁はそのままでいいんですが、地面のは取るんです。滑って危ないから。

なるほど。指示書、写真撮らせていただいていいですか?

いいですよ。どうぞ。

ずうずうしい観光客にも親切な対応。学芸員かもしれない。

東の詰所。

西は詰所跡。

さあ、次は首里城だ。4年前に来ているので2度め。
今回は、今年2月から公開された御内原(おうちばら)を見るのがメイン。
あと、城壁全体をちゃんと見る。

結果的に、上の図の赤線部分を歩いた。
こうしてみると、けっこう歩いたなあ。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

門の後ろに回り込む。
御嶽は門の後ろのこの空間。

守礼門の下を通り、歓会門に着く。

他の城(グスク)には門の上の木造建築は復元されていなかった。
首里城は復元されている。あると雰囲気が違うね。

向かって右側の隅頭石(すみがしらいし)。
隅頭石は今回の旅で気に入ったものの一つ。美的だ。
中城城(なかぐすくじょう)のもよかった。

門を入って、後ろから見る。
雨が直接当たらず汚れていない石垣部分はきれいだ。

石積みが面白い。

布積みのようだが違う。横を直線にそろえず、ずらしている(写真赤丸)。
布積みだと横にズレやすいはず。その弱点を解消する積み方だ。
おそらく、整層乱積み(せいそうらんづみ)。
素材の琉球石灰岩は柔らかそうなので、加工しやすさを生かしている感じ。

このような積み方も、かなり厳密に復元しているはず。
復元過程について調べたら面白そうだ。

門に続く城壁部分。ここも縦横のラインをずらしている。
気をつけて見ると、あちこちがそうなっている。

チケットを買い、御庭(うなー)に入る。正面が正殿。
赤(敷瓦)と薄黄色(石灰石)を組み合わせた床面のデザインが独特だ。
中央はさながらレッドカーペット。浮道(うきみち)と言う。
独特のデザインセンスが面白い。優秀な建築デザイナーがいたのだろう。

正殿に入る。

ガイドさんの無料案内に申し込む。15名限定。

ガイドさんの案内を聞きながら見学。
内部は撮影禁止だが、外を撮るのはオーケー。
ガイドさんを撮るのも(たぶん)オーケー。

正殿脇の南殿・番所で企画展を開催中。

琉球で使われているさまざまな赤色の展示会。撮影NG。
深い赤や鮮やかな朱など、たくさんの種類の赤がある。
製法もいろいろで、虫を煮て色を抽出するなど、面白かった。

王家の秘宝展。撮影NG。
写真にある二本の脇差。鞘がとても美しかった。
左:青貝巴紋散合口拵(あおがいともえもんちらしあいくちこしらえ)
右:青貝微塵塗印籠刻鞘合口拵(あおがいみじんぬりいんろうきざみさやあいくちこしらえ)

奥書院に掛けられていた掛軸。空気に触れるため、これは複製。
原本は黄金御殿(くがにうどぅん)のガラスケースに入っていた。撮影NG。

正殿二階の大庫理(うふぐい)。
ここで使われているさまざまな赤についてガイドさんが解説。面白かった。

玉座台の脇の彫刻。リスとブドウは幸福を招くのだそう。ガイドさん一押し。

王冠。

玉璽(ぎょくじ)。国王が持つ実印みたいなもの。
大きい。5cm角ぐらいだったと思う。

いよいよ正殿の裏手、御内原(おうちばら)に入る。
国王や家族の生活空間。女性がすべてを取り仕切る大奥みたいなところ。

全体の配置はこんな感じ。

正殿を裏に抜けたところ。後之御庭(くしのうなー)。

寄満(ゆいんち)。国王と家族の食事の準備をしていた場所。

女官居室(にょかんきょしつ)。

世誇殿(よほこりでん)。国王の即位の例が行われた場所。

脇を通って後ろに進む。

金蔵跡。宝物の保管庫。資料がなく復元できないので場所だけ。

さらに進むと、白銀門。

白銀門を入ったところ。寝廟殿(しんびょうでん)。
国王が亡くなったとき、遺体を一時的に安置した場所。
資料がなく、建物は復元できず。基壇のみ。

寝廟殿脇の階段を登る。

東(あがり)のアザナ。城の最東端にある物見台。
城下が一望できる。国王になった気分。

高いのが正殿。裏から見ている形。

東の方向に遠く久高島が見える。細長く霞んで見えるのがそれ。
神が最初に降りた島。
最初のうち国王は久高島までお参りに行っていた。そのうち斎場御嶽(せーふぁうたき)から久高島を拝むことで済ませるようになった。
どちらにしても久高島は信仰対象。

東(あがり)のアザナのすぐ脇。鐘楼があった場所。
時を知らせる鐘。ここなら、あたり一帯に鳴り響いたことだろう。

正殿の方向(西)を望む。城壁の曲線がよく見える。

北側には沖縄芸大。独特のデザインなのですぐわかる。

奥まで行きついたので、戻る。

湯殿跡。正式名称記録忘れ。
女官たちが湯あみする姿を想像するのはご自由に。

世誇殿に戻る。

イベントの真っ最中。

正殿を横から。屋根の上の龍をじっくり見たことがなかった。
よく見ると、とても精巧に復元してあるのがわかる。
髭がピロロン~と曲がりながら伸びているのが面白い。

北殿に入る。今は土産物売場だ。

売場脇の壁。首里城 Q&A。
22問ある。さあ、あなたはいくつ正解できるか。
問題と解答は次のブログを待て(笑)

北殿を出て、城壁の外を東に向かう。

淑順門(しゅくじゅんもん)の前を通り、さらに東に向かう。

ガマ遺構。女官たちの息抜きの場だったという伝承がある。

右上の高いのが、先ほど登った東(あがり)のアザナ。

正面に見える階段は登らず、左に回り込む。

最も外側の城壁を見下ろす。曲線が美しい。上部中央は右掖門(うえきもん)。

西に向かい、右掖門の脇を通り過ぎ、

久慶門(きゅうけいもん)から外に出る。外に出て振り返ったところ。

城壁の外側をまた東に向かう。城壁に沿ってグルっと半周しようという計画。

今いるのは、マップ中央の青い★あたり。
これから時計周りにグルっと回る。

城壁らしい城壁が続く。

左手は沖縄芸大。

東に進むにつれて高くなる。正面に東のアザナ&鐘楼エリアが見えてきた。

東のアザナ&鐘楼エリアの下を通り過ぎ、、、
城壁のカーブに沿って先に進む。

継世門(けいせいもん)が見えてきた。

継世門から中に入る。

正面に美福門が見える。ここからは中には入れない。

右手にある階段を登って、東のアザナのすぐ下に向かう。

左が東のアザナ、右が鐘楼エリア。

階段を右に降りるとガマ遺構。

今いるのは、マップ最上部の黄色い★あたり。

階段を美福門側に戻る。

美福門の前を通り過ぎ、ずっと西まで歩く。

西(いり)のアザナ。
正面の赤い屋根は首里杜館(すいむいかん)。首里城公園レストセンター。
レストラン、カフェ、ショップなどがある。

木曳門(こびきもん)から外へ出る。
門の上には木造の建築物があったはずだが、復元はされていない。
建物があった凹みに雑草が茂っているだけ。
ローカルな門は無視されがちだ。ちょっと哀愁がある、こんな門が好き。

ちょうど歩き終わったタイミグで雨が降り始めた。

カッパのズボンを履く。
カッパの上を着る。
ヘルメットをかぶる。
傘をさす。
スマホと小さなビニール袋を持って樹の下に行く。
Googleマップに宿の近くのスーパーマーケットをセットする。
スマホにビニール袋を被せて相棒バイクに戻る。
フォルダーにスマホをセットする。
傘をしまう。
エンジンをかけて走り出す。

雨が降ると一つ一つに手がかかる。

【本日の宿】
那覇、泊(とまり)ふ頭付近。若い人たちが運営する大規模ゲストハウス。2泊め。

【本日のデータ】
歩行距離:5km
歩数:10,416歩
登った階数:25階

2019/4/30 フクギ並木&今帰仁城跡&古宇利島(D163)

今日は、美ら海水族館の近くを通り抜け、フクギ並木を見て、沖縄世界遺産群の一つ今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ行く。
時間があれば古宇利島(こうりじま)にも行きたい。

宿を出発するとき、お母さん、娘さん、お孫さんの女性4人にお見送りしていただく。さらに、ジューシーのおにぎりまでいただく。ありがとうございます。
※ジューシー:沖縄の炊き込みご飯。

沖縄美ら海水族館がある海洋博公園へ向かう途中、こんな建物が、、、

バベルの塔日本版?

ではなく、熱帯ドリームセンター。海洋博公園の中の建物の一つ。

この看板の写真、4年間に女王陛下と来たときに入った記憶がある。
ただ、この外観は見た記憶がない。

エメラルドビーチ。ここも海洋博公園の一部。

フクギ並木通りの入り口に着く。備瀬集落の中にフクギが植えられている。

フクギのトンネルの向こうに伊江島(いえじま)が見える。
真ん中の尖っているのが城山(ぐすくやま)

海岸を歩く。

集落を歩く。

フクギはもう満腹だよぉ~、とすれ違った10代の女の子。
同感!

今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ向かう途中の交差点脇。
曲がったとたんにこの歓迎。

入場チケット400円を買い、ガイドさん(無料)を依頼。
順番待ち中に昼食。宿のお母さんからいただいたジューシーおにぎりを食べる。

15分ほどでガイドさんOK。説明を受けながら回り始める。

城跡に向かう途中にある模型。城壁全体の形がわかる。

ブルーシートは発掘中の場所。ずっと発掘作業が続いているとのこと。

発掘調査のときに見つかった城壁。草木で覆われていて存在が知られていなかった。

外郭を見上げる。

平郎門。

内側から見たところ。左右は武者隠しみたいない場所。
正確に復元できているのかは不明、とはガイドさん。

ガイドさんに教えていただいたカタツムリ。名前を伺ったのだが覚えていない。
周囲に毛のようなものが見える。それが特徴とのこと。

建物があった場所。

主郭(本丸)にある拝所。

拝所の中。ガイドさんに扉を開けていただいた。

沖縄のお線香。6本が平たくつながって1枚になっている。

打ち紙(ウチカビ)。故人が天国で使うお金。
お参りのときに燃やして天国に届ける。

志慶真門郭(しげまじょうかく)を見下ろす。
城主に仕えた身近な人々が住んだらしい。

志慶真門郭から主郭の城壁を見上げる。

今帰仁城はすべて荒積み。硬い岩石なので切削が難しかったことがその理由らしい。

御内原(ウーチバル)から大隅(ウーシミ)を見下ろす。

石垣の角が独特だ。隅頭石(すみがしらいし)の時代的変遷がわかるらしい。

外へ出る。
曲線を描く外郭の凸部分が一直線に揃っている。
壮観。

今帰仁城は、他のグスクと比べて複雑な構造をしている。
全体がパッとわかりにくい反面、興味深い点が多い。
時間をかけて調べれば面白いだろう。

なきじん 美人多し
わき見 注意!

今帰仁も美人が多いのか! もっとキョロキョロしそうだ。

古宇利島(こうりじま)に向かう。
古宇利島は、屋我地島(やがじしま)を経由して行く。

屋我地島に渡るワルミ大橋の手前、橋の駅リカリカワルミからの風景。
遠く古宇利大橋が見える。

古宇利大橋と古宇利島。

古宇利島から見た古宇利大橋。
海中道路から見る海はみな美しい。

【本日の宿】

名護市役所の近く。特記事項なし。

【本日のマニアック】

おそらくアメ車。直せば面白そう。持ち主は売らないだろう。

2019/4/25 世界遺産 中城城跡に行く(D158)

今日は、瀬長島 ウミカジテラスという観光スポットに立ち寄ったあと、一気に北上して、世界遺産群の一つ中城城跡(なかぐすくじょうあと)に行く。

ウミカジテラスには、たくさんの店舗が階段状に配置されている。

どの店舗からも海が見える、というのが売り。

ウィンドサーフィンをする人たちが見える。

ちょっとお洒落な飲食店が多い。

異色感のあるバック屋さん。

ミシンがある。バック縫製用なのか? 機械感にあふれている。

面白そうなので入ってみた。

おねーさん2人がバッグを製作中。
(小声で)すみません、写真撮ってもいいですか?
(小声で)どうぞ(ニコッ)

この(ニコッ)に弱い。みな美人に見える。

店内を見て回る。

道具類が面白い。

飲食店はどうでもよいので、中城城跡に向かう。
約26km、1時間。

中城城跡(なかぐすくじょうあと)も「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つだ。

マップ左手の管理事務所でチケットを買う。入場料400円。
右端の正門近くまで電動カーで運んでくれる。さすが世界遺産。

すぐ隣の中城高原ホテル跡。
建設途中のまま工事が中断され、40年以上も放置されているらしい。
取り壊しが決まったので見られるのも今のうちだけ。

廃墟好きな私だが、こういうのはあまり好みではない。
活躍していたときのスートリーがなくては面白くない。
廃墟は諸行無常という概念とセットだから趣がある、と思う。

正門へ向かう。大きい。広角24mmでも入りきらない。

パノラマで撮ってみた。

正門から見た城郭内。中にも城郭がある。

「南の郭(かく)」から「一の郭(かく)」に向かう門。
向こうに「二の郭(かく)」に通じる門が見える。

城壁の一部が復元中。石が整然と並べられている。

「一の郭」の武者走り(むしゃばしり)に登る。

武者走りより一段高くなった胸壁(きょうへき)の角に「隅頭石(すみがしらいし)」が突き出ている。

きれいなRだ。

二の郭へ向かう。

二の郭。

二の郭の武者走りに登る。一の郭の方向を見たところ。

三の郭。
二の郭から三の郭へ通じる門はない。いったん「西の郭」へ出たあと「北の郭」へ行き、そこから階段で三の郭へ登る。

裏門から外へ出て記念運動場から三の郭の城壁を眺めたところ。

記念運動場に中城城跡の模型が設置されている。
見ごたえがある素晴らしい城郭だ。小さい城もいいが、大きい城もいい。

さて、今日はキャンプだ。
沖縄県総合運動公園オートキャンプ場へ向かう。
中城城跡から6km、10分ほど。

沖縄初キャンプ。テント設営は2回目。なんだかんだで1時間。
テーブルとイスは事務所で借りた。

さあ、シャワーを浴びてからコンビニに夕飯を買いに行こう。

【本日のデータ】
中城城跡:入場料400円
キャンプ場:1泊2日 2710円、机 500円、イス 100円
テント設営:設営マニュアルを見た回数 1回、約2分。


2019/4/24 世界遺産 斎場御嶽&玉城城跡を歩く(D157)

今日は、斎場御嶽(せーふぁうたき)と玉城城跡(たまぐすくじょうし)に行き、そこから南の海岸をグルっと回って西側の糸満市まで行く。

斎場御嶽は(せーふぁうたき)は、宿から近いので5分ほどで着く。

沖縄には首里城をはじめとした「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に認定されている。斎場御嶽はその一つ。

「斎場」の読み「せーふぁ」は「最高位」という意味。
「御嶽(うたき)」は、琉球の信仰で祭祀などを行う施設。「聖地」の総称。
斎場御嶽は、琉球王国最高の聖地。

チケット300円を買い、7~8分歩くと入り口に着く。

入り口付近は良く整備されている。

歩道脇の池に咲く(たぶん)蓮の花。美しい紫色が印象的。

斎場御嶽(せーふぁうたき)の案内図。
まず、右手の砲台跡とウローカーに行ってみよう。

砲台跡。近くにもう一つある。左右の四角いのは弾薬庫。
もちろん日本軍の遺物。このエリアにたったこれだけの装備。どうやって戦う作戦だったのか。

ウローカー。
斎場御嶽に入る前に水を浴びて身を清める場所。「カー」は「ガー」と同じ意味。漢字で「川」と書く。泉・湧き水などの神聖な場所。
現在も水は枯れていない。

身を清めないまま斎場御嶽に入る。

なだらかな登り道が続く。石の部分は滑りやすい。観光客向けに左右に黒い砂袋が並べてある。

大庫理(ウフグーイ)。最初の拝所。大広間、一番座、という意味があるらしい。

寄満(ユインチ)。台所、豊穣な場所という意味。

下の二つの壺に上の岩から神聖な水がしたたり落ちる、といわれている。
しばらく見ていたら、写真の向かって左側の壺にポトンと落ちた。

(三角形の空間の向こう側が)三庫理(サングーイ)。
ここが記念撮影スポット。みんなお行儀よく順番待ちをして撮影している。

三庫理に入る。

三庫理が一番奥の拝所。中央の四角いのは香炉。

三庫理からは海が見える。
斎場御嶽で海が見えるのは(たぶん)ここだけ。特別感を醸し出す。

玉城城跡(たまぐすくじょうあと)に向かう。

カイトサーフィンをする人たち。難しそうだが面白そうだ。

玉城城跡に向かう途中、少し手前に「ミントングスク」というところがある。
立ち寄ってみた。

「グスク」は漢字で「城」と書くが、拝所のあるところという意味でも使われるようだ。ここもそう。城ではなく個人の所有地。
写真左手の階段の上が拝所らしい。

とても良く手入れがされているお庭。私が行ったときもご家族で手入れの真っ最中。
挨拶をして少しお話。去年の大型台風のあとは倒れた木々の処理がたいへんだったらしい。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は P1331306-1280x853.jpg です

管理運営のための寄付100円をお願いする貼り紙。
当然のことだと思う。100円では少ないと思うぐらい。

100円を入れて階段を登る。

正面が拝所。

個人が拝所を守っている。先祖代々受け継がれてきたのだろう。
ほのぼのとした温かい気持ちになった。

5分ほどで玉城城跡(たまぐすくじょうあと)に着く。

城壁を見上げる。圧倒される感覚。

階段を登る。

城壁に開いた穴が出入り口。面白いなあ。子供のころ遊んだ隠れ家みたい。

城壁の中から外を見る。ガスっているのが残念だ。

中から見た城壁。

中央部。石垣が少し残るだけ。どこにどのような建物があったのかは不明。
小さなグスクは面白い!

喜屋武岬(きやんみさき)に向かう。

岬の風景。

【本日の宿】※2019/5/5追記

糸満市。超合理的経営を模索中。スタッフはアルバイト1名。
洗濯機、簡易キッチン、冷蔵庫、レンジ付。トイレとシャワーは別々。ほぼアパート。バイクは1階の軒先に置かせていただく。

【本日のデータ】
斎場御嶽(せーふぁうたき):入場料 300円
ミントングスク:入場料 無料、管理運営寄付金 100円
玉城城跡(たまぐすくじょうあと):入場料 無料

見られる側は少しでいいからお金を取ったほうがいい、と思う。
玉城城跡も200円ぐらいは取っていいかも。

【本日のお酒】

純米酒 クラシック麹仕込み こくあがり 
小西酒造 兵庫県伊丹市

沖縄で伊丹のお酒を飲む。いいね。

2019/4/22 市場の古本屋 ウララ→軽便与那原駅舎(復刻)→ニライカナイ(D155)

今日は沖縄本島の南側の東端、南城市まで移動する。
途中でいくつか寄りたいところがあるので楽しみ。

まず、水上商店の一つ「市場の古本屋 ウララ」に行く。
きのう行ったのだが、日曜日は定休日だった。火・日が定休日。
なぜ、観光客が多い日曜日に休む?と思ったが、何か理由があるのだろう。

ここは、『蔡温の言葉』を書いた沖縄通の知人に教えていただいた。

店主の宇田智子さんの経歴が興味深い。
1980年、神奈川県生まれ→東京大学卒業→(大型書店)ジュンク堂池袋本店に勤務→同沖縄那覇店に勤務→古書店「ウララ」を開店→『那覇の市場で古本屋 ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』(2013年 ボーダーインク刊)を出版→第7回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。

ね。面白そうな人でしょ。
ジュンク堂って何?とか、どんな内容の本なの?とか、その賞って何?とか、何も知らなくても面白そうでしょ?

で、行ってみた。

二言三言お話。
、、、
、、、
会話が続かない。
そっけない。というのが最も妥当な表現か?
すごくシャイなのかもしれない。商売には向かないタイプ。
元日本兵の風貌だからな、とも思ったが、警戒されている感じはない。別のお客さんとの会話も似たような感じ。

完全にリサーチ不足。
まず、著作を読んで、もう少し理解してから改めて来よう。
早ければ3年後。
これでまた一つ楽しみが増えた。

会話が弾んだらツーショットを撮らせていただこう、と目論んでいたのだが、言い出せず。

ということで、ここまで写真なし。

何も買わずに帰るのもバツが悪いので、知人に薦められた書籍を買う。

『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』新城和博著 ボーダーインク刊

知人の著書『蔡温の言葉』の担当編集者が書いた本。
表紙の写真(上)は例のジオラマ(昨日のブログ参照)。

※「新城」は地名なら「あらぐすく」だが、人名だと「しんじょう」。日本語は難しい。というより沖縄・琉球の発音が独特。

新城(しんじょう)さんのサイン本。価格は定価。
宇田さんが私を歓迎してくれた証に違いない。
3年後じゃくて、沖縄本島を離れる前に宇田さんの著書を買いに来ようかな。
もちろんサイン入りで。

次は、軽便与那原駅舎
軽便鉄道開業100周年を記念して復元された。2014年4月完成。
「軽便」とは「軽便鉄道」の略。詳しくはWikipediaで。

元々がコンクリート製。
最初は木造だったが、昭和6年にコンクリート製に建て替えられた。
それを復元したもの。

入り口。日付が重要。来訪年月日の証明。
平成最後の月。と言い出したらキリがないけど(笑)

受付。かわいい知的なお嬢さんに受付をしていただく。
それだけで好感度アップ。男はいくつになっても単純だ。

切符形入場券。
下の切り込みは改札鋏(かいさつばさみ)で自分で入れた。細かい演出がグッド。

だが、改札鋏が2つあり、切り込みの形状が異なる。
(しまった! 改札鋏の写真を撮るの忘れた)
切り込みの形は駅によって異なる。2つの改札鋏がこの駅のものなら形状が異なるのはおかしい。この駅のものなのか? 気になる。

受付のお嬢さんにお伺いしたところ、
この駅のハサミは残っていないんです。ほかの駅のハサミです。寄贈されたものを置いています(ニコッ)
とのこと。
残ってないなら仕方ないよね。その笑顔だけで十分ですよ。

駅舎の歴史。

寄贈された船の模型。電車とは無関係だが、寄贈されたので展示。
こういうの好きです。入場者のみなさん、展示理由は問い詰めないでほしい。

馬車。寄贈品。鉄道馬車ではなさそう。鉄道馬車なら前輪と後輪の左右の間隔が同じはずだが、厳密に観察しなかった。

ジオラマ。昭和6年当時の駅舎前。
街っぽく撮ってみた。メインストリートをアップで撮ったほうがよかったかも。

木造当時を描いた絵。かなりシンプルな建物だ。

なぜ、最初の木造駅舎ではなく、そのあとのコンクリート製を復元したんですか?
と、かわいい知的なお嬢さんに尋ねてみた。

お嬢さんいわく、
当時はモダンな最先端の建物でしたので。
当時、コンクリート製はこの駅だけだったんです。
他はみな木造でしたので、復元するなら当時注目を浴びたコンクリート製を、ということですね(ニコッ)

なるほど。
絵で見る限り、木造駅舎はシンプルすぎて、復元の意味がないのかもしれない。

ニライカナイへの道、の手前に展望台がある。写真左手の道を歩いていく。
ニライカナイ:異界、他界、神界、理想郷。詳しくはWikipediaで。

展望台から見るニライ橋とカナイへ橋。手前がニライ橋。向こうがカナイ橋。
ニライ橋を走るミキサー車の塗装が海とマッチしていたので入れてみた。

う~む、上の写真、今見ると、ジオラマっぽい。ミキサー車がおもちゃみたいだ。
だんだん何が現実かわからなくなってきた、、、

展望台へ向かう途中の風景。自衛隊のミサイル車とレーダー。ジオラマではない。
鉄条網の下に、ドローン飛行禁止の注意書きがある。ジオラマを作るならこれも再現したい。

草刈りをする若い自衛隊員。

正門に行ってみる。
知念分屯(ぶんとん)基地用地区。

正門警備の自衛官とお話。
分屯基地って何ですか?

分屯基地っていうのは実戦部隊がいる基地っていうこと。指揮官がいる基地は別のところにあるの。

そうなんですか。どうもありがとうございます。

戦闘になったとき、ここは攻撃されるけど、指揮官のいるところは攻撃されないんですね(と心の中でつぶやいた)

さっきの若い自衛官がずっと草刈り。
この人が戦うような事態が訪れないことを願うばかりだ。

ニライ橋を渡り、、、

カナイ橋に差し掛かる。遠く青い海が見える。

気持ちよく走り、知念岬公園に着く。

観光バスでやってきた外国人団体さん。
なぜか赤Tシャツ&赤キャップの人が多い。理由は聞きそびれた。

宿に向かう。

パラグライダーが飛んでいる。知念岬公園の方角。
海風が崖にぶつかってできる上昇気流に乗ってずっと飛んでいた。
いいなあ。頑張って今年中に飛べるようになりたい。

宿に着く。

三線(さんしん)を練習する宿泊客。
のどかな(少しぎこちない)歌声が聞こえてきた。

【本日の宿泊地】※2019/5/5追記

斎場御嶽(せーふぁうたき)の近くのペンション。久高島へ行く船のターミナルも近い。70歳前後のお母さんと娘さんとで運営。お母さんがとても親切。糸満市出身。糸満高校応援のTシャツを着ていた。
高台にあるので海がよく見える。
夕飯はベランダから海を見ながらコンビニ弁当を食べた。
朝食付き。地元の食材を使っていて美味しかった。久しぶりのまともな朝食。
2連泊の1泊目。

【本日のデータ】
軽便与那原駅舎(復元)資料館入場料:100円
受付のかわいい賢いお嬢さんの笑顔:(何度でも)無料

2019/4/21 国際通り&壺屋やちむん通り界隈を歩く(D154)

今日は、国際通り&壺屋やちむん通り界隈を歩く。
美術展、博物館、レッドカーペット、暗渠(あんきょ)、壺屋など、予定は盛りだくさん。

那覇市民ギャラリーでやっている山田武さんの展示会に行く。
宿から徒歩7分。
この人、沖縄の絵を水彩画で描く。知人のブログのヘッダー画像に使われていて、いいな、と思っていた。
たまたま山田武さんのブログを見たら、今日まで展示会と書いてあるではないか。
きっと会場にいるに違いない、と思ったら、大正解。

いろいろお話して、本人の油絵を中心に記念撮影。
油絵もたまには描くと言っていた。

この写真の私、山の中で発見された元日本兵、みたいになっている。
何とかせねば。

次は、那覇市歴史博物館。沖縄に詳しい知人が、見たい、と言っていたジオラマがある。知人は(たぶん)見ていないと思う。

うふふ、私のほうが(たぶん)先に見ることになるのだ!

ジオラマの解説。

「沖縄のなは」復元模型。
「昭和初期の那覇のメインストリート 大門前通り
 昭和7~12年頃を想定 縮尺 1/100」、とある。

銘板。
「大門前」は「ウフジョーメー」と読む。
「通り」は何と読むのだろうか。フリガナが無い。惜しい!
「トオリ」なのか「ドオリ」なのか、どちらも違うのか?

精密なジオラマなので、本物の風景のように撮影してみる。

路面電車と車引とお店の看板。
路面電車の前の日傘のご婦人。日本的顔立ちの整った美人です。

少し違う角度から。路面電車の運転手が日傘の美人を見つめています。
後ろからでも美人はわかる。

街のシンボル的建造物。名称不詳。
左手の黄色い車は商談相手、建造物のオーナーは右の黒い車。

違う角度から通りに沿って。

電柱 or 電信柱が細かく作られている。
作った学芸員さん、マニアだねぇ。
※電柱(でんちゅう):電力会社の所有物。
 電信柱(でんしんばしら):通信会社の所有物。
 正しく使い分けるのは至難のわざ。

国際通りでは沖縄国際映画祭レッドカーペットの真っ最中。

写真を撮る手と手と手と手。それを撮る私。それしか撮れない私。
腕があまりにもサトウキビ畑。
ザワワ、ザワワ、、、かすかに歌が聞こえてきた気がした。

レッドカーペットの終点は、てんぶす那覇という施設の広場。
写真右下にステージが設けられている。
この写真はてんぷす那覇の3階から。ここが特等席かも。

こちらは2階から。ここもいいね。

こちらは4階。ラジオ中継中。みなさん、ノリノリでやっていた。

レッドカーペットはこのくらいで十分。街を歩こう。

国際通りで見かけた「那覇市の小さな芸術家絵画作品」
小学生の絵にはときどき驚くような個性的なのがある。
向かって右端の運動会の絵もそう。この遠近感! この構図! 素晴らしい!

てんぷす那覇1階のコンビニでおにぎりを買い、裏の希望ヶ丘公園で食べる。

目の前にはこんな展示物が。

那覇大綱挽(なはおおつなひき)

こんな感じで綱を引く。
那覇大綱挽:那覇大綱挽まつりのメインイベント。詳しくはWikipediaで。

希望ヶ丘公園のすぐ西側に「水上店舗」と呼ばれる商店街がある。
店舗の下が暗渠になっていて川が流れている。商店街を歩いても流れは見えないが。

水上店舗:詳しくは沖縄タイムス+の記事をどうぞ。
川の名前はガーブ川(ガーブがわ、我部川)。詳しくはWikipediaで。

どこから暗渠が始まるのかを調べたら、のうれんファームという施設の隣。
行ってみよう。

ここがそれ。ごくフツーのさりげない雰囲気で暗渠が始まる。
水はきれい。魚がたくさん泳いでいる。
写真右上に小さく「太平商店街」の文字が見える。
あの商店街の下を川が流れているのだ。
面白いね。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は P1320484-1280x853.jpg です

のうれんファームで昼食。
手巻きオニギリで、水上店舗に乾杯!

周辺をブラブラする。

飲み屋さんが集まったビル。
「大人の駄菓子屋」というのが妙に気になる。

青い建物がおでん屋さんとは思えない。看板は効果的。目につく。

昼間から飲む人たちで賑わうお店。龍の絵のヘタウマ感がいい。

壺屋やちむん通りの那覇市立壺屋焼物博物館に入ってみる。
※やちむん:焼物。

やちむんには、上焼(じょうやち)と荒焼(あらやち)の2種類がある。
上焼は釉薬(ゆうやく)を使い、荒焼は使わない。
ということをここの展示で知った。
細かいことは忘れても、これだけ覚えておけばいいだろう。

3階には個性的なやちむん製シーサーが展示されている。
館内は写真撮影禁止なのだが、ここだけはOK。

ということで、シーサー写真展。

通りを歩く。

伝統工芸士 新垣 修 氏の作品。
ド迫力。

指先ぐらいの花器。玄関に置いたらいい感じ。

手書きの案内マップ。
琉球料理 ぬちがふう までの道案内(20歩約1分)
※「ぬちがふう」は「命果報」と書く。
 20歩を1分ということは1歩3秒。ゆっくり過ぎて歩くのたいへん。

新垣勲窯・陶美館の壁。いい味出してる。

まじる商店。赤い自転車がアクセント。いつも置いてあるわけではない、と思う。

通りから見える風景は、それぞれ趣がある。

クロトン。和名は変葉木(へんようぼく)。沖縄のイメージ。

東(アガリ)ヌカー。村の共同井戸。

壺屋やちむん通りの終点 or 出発点。

同じ通りを引き返す。来るときに見逃したところを見て回る。

通りから少し外れたところの塀。やっぱり通りから少し入るといいね。

新垣(あらがき)家住宅。
壺屋地区に残る陶工の住宅。施設のほぼ全容を残しているらしい。
右手に見える屋根が東ヌ窯(アガリヌカマ)。登り窯だ。
左手にちょっと見えるのが井戸の水を汲む滑車。
登り窯:傾斜地を利用して上部を高くしてある窯。詳しくはWikipediaで。

私有地で公開されていないため、外から写真を撮るしかない。

正門から敷地内を見たところ。

(おそらく)住居部分。お一人で暮らしている方がいるらしい(※)
※すぐ近くの新垣陶苑のご主人が親戚。この人のお話による。

南窯(ふぇーぬかま)という名のカフェ。
この隣に登り窯がある。

昼寝をする猫を睨むシーサーを眺めながら裏手に回り込む。

屋根の下が本物の窯。

下から見たところ。
長さ約20m、幅約3m。カマボコ型で、粘土造り。こちらも登り窯。

【本日のマニアック】

TOYOTA Origin(オリジン)。
トヨタ自動車生産累計1億台達成記念車。1000台限定車。2000年発売。
初めて見た! レトロ感がいいですねぇ。

【本日の宿泊地】※2019/5/5追記

那覇市街。ゆいレール 県庁前駅 徒歩7分。駐車場が離れた場所で1日300円。
3連泊の3泊目。

【本日のデータ(やや脱線)】
戦国武将・古田織部を主人公としたコミックに『へうげもの』というのがある。
焼物の話がメインストーリーで、「登り窯」はそこで知った。

へうげもの 山田 芳裕 著  モーニングコミックス 2005/12/22
※第1巻はkindle版で無料閲覧可能。

【本日(公開日)の思索】4月27日18時30分追記

これを書いて公開した今日は4月27日14時ごろ。
内容は4月21日だから6日遅れだ。

当日の意識と書いている今日の意識との差を感じつつ、両方を織り交ぜながら書く。
これが面白いなあ、と今日は強く感じた。
なので、忘れないように、そのことを書いておくことにする。

6日経つと、クールダウンするというか客観的になる感じ。
それが良いか悪いか、面白くなるのかつまらなくなるのか、それはわからない。

写真を見て、撮影したときには気づかなかった発見もある。
それを、あたかもわかっていたふりをしてさりげなく書く、というのもけっこう楽しい。
一粒で二度美味しい、という(今は忘れ去られた)キャラメルの宣伝文句みたいだ。


2019/4/17 首里城周辺を歩く(D150)

宿を移動してバイクを置いたり歩く準備をしていたら、もう13時を過ぎてしまった。今日は首里城の中には入らず、周辺を散策しよう。

宿の近くの儀保駅から首里城まで歩くことにする。
琉球王国の政治家、蔡温(さいおん)の旧宅跡から、彼が登城した道を歩きたいと考えたからだ。

蔡温(さいおん):17~18世紀の琉球王国の政治家。詳しくはウィキペディアを。

まず、蔡温旧宅跡に行く。儀保駅から徒歩5分、350m。

敷地と説明があるだけ。「跡」だからね。当然と言えば当然。
説明には「蔡温が掘ったという井戸や当時の石垣がわずかに残されている」とある。

だが、井戸跡らしいものは見つからず。
そもそも、井戸穴がある、と思い込んでいたのだが、違うのかもしれない。

さらに6分、400mほど歩くと、沖縄県立芸術大学 首里当蔵キャンパス。

うん、芸術大学っぽい建物。
手前の茶色いのは芸大のオブジェ。

光が当たっている、反対側(大学側)から中央部分をアップで。
題して「楔(くさび)と亀裂」(仮)

芸大正門前に着く。オブジェから徒歩30秒。

門の上のシーサー。

反対側のシーサー。門柱を這う蔦(つた)がいい感じ。

同じく芸大の蔦。
さすが芸大。蔦まで芸術的。

正門から校内に入る。

大学の警備員さんがいい人。
本当は立入禁止だが、特別に入って良し、って感じで入れていただけた。
働き盛りに埼玉の富士見市で暮らしていたことがあるらしい。
同郷のよしみ、とはちょっと違うけど、まあ似たようなもの。

キャンパス内の風景。こちらも芸大っぽい。

正門から外を見た風景。
向こうの建物のデザインも芸大ぽい。関連施設だろう。

胡蝶蘭(こちょうらん)。
芸大の植え込み。ちゃんと支えがあるのがGOOD。
きっと、みんなが見守っているんだろうね。

大輪のハイビスカス。
これも芸大の植え込み。
花が大きすぎて茎が支えきれない、、、もうだめだ。ぽとっ。
と、音を立てて地面に落ちたばかり。

芸大の向かい側。
シーサーと浮き玉(うきだま)

お腹がすいた。もう2時だ。何か食べよう。
と思って前を見ると、雰囲気がいい飲食店。

お店へのアプローチ。

まだランチタイムだ。あと1時間はだいじょうぶ。
アプローチに置かれた椅子に座って、Googleマップでお店のリサーチ。

すると、、、

4年前、夫婦で沖縄に来た時に夕食を食べたところだった。
夜だったし、初めてだったので、場所もよく覚えておらず。
いい雰囲気で賑わっていたなあ、ぐらいの記憶しかないのだが、、、

ま、記憶力テストを兼ねてここで食べよう。

入り口を入ったところ。
泡盛の瓶が並ぶ。呑兵衛にはたまらない演出。
記憶にない。ま、呑兵衛じゃないから。

お庭を見る席に通していただく。
記憶にある、ような、ない、ような。
ま、前回は夜だったし。

お店の名前は「琉球茶坊 あしびうなぁ」
「あしび」は「遊び」、「うなぁ」は「お庭」。
お庭を見ながらくつろいでいってね、ぐらいの意味か。
店名は記憶になし、とも言い切れない。
なんとなく覚えいるような気がしないでもない。

座ったところからの風景。確かに素敵なお庭。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は P1319739-e1555889865251-853x1280.jpg です

いかにも熱帯系の植物や、

赤い花と白い髭など、、、

赤い花が咲く鉢植えの植物が妙に気になる。

珍しい花、なのか? 実、なのか? わからない。

目を凝らす。

鉢にこんなものを発見。カメラを望遠にして撮る。
う~む、文字が花に隠れて見えない、、、
頭を左右に動かしながら見て、わかった名前は「メディニラ・マグニフィカ
フィリピン原産。沖縄での存在は数えるほどしかない珍しい植物。
まだ蕾なので、大きく開くと美しいだろう。

食べたのは、イカスミ焼きそば。
沖縄そばの麺を使っている感じ。麺の味が独特。
写真では、黒く細いのが麺、白いく細いのがモヤシ。白く太いのはイカ。

だいぶゆっくりした。そろそろ、行こう。

円覚寺(えんかくじ)跡。

石垣の枝模様。

円覚寺の前で猫と戯れるお嬢さん。
猫ちゃん、なでなでされて気持ちよさそう。

弁財天堂。背面から。

同じく。正面から。

龍潭へ向かう。
龍潭(りゅうたん):1427年、琉球国王の命令で作られた池。詳しくはWikipediaで。

龍潭に向かう途中の風景。この穴は何? 解説の表示なし。

水鳥がいる。名称不詳。いい面構えしてる。

お母さんのあとに続く子供たち。

仲良く泳ぐ子供たち。

かわいいですね。人間もこのくらいの歳が一番かわいい。

お母さんと5羽の子供たち。
淡い黄色の子を主人公にした物語が作れそう。

おっと、こんな掲示も。

すぐに見つけた。龍潭の石の上で日向ぼっこ。

龍潭の上を泳ぐ鯉のぼり。
小学生の作品だろう

今日はここまで。宿に戻ろう。

途中で見つけた、ただものではない雰囲気の邸宅。
右の門柱には「尚」という文字が。

ということは、琉球国王 尚氏の末裔の邸宅?
恐る恐る門の中に入ってみる。

庭のガジュマルに解説文の掲示がある。
ということは、入ってもよい、ということだよね?

長居は無用。宿に向かう。

Googleマップのナビゲーションに従って路地に入り、下り坂を降りる。
Googleマップに従うと、ときどき思いがけない光景に出会う。これがいい。

坂を降りると川が流れている。

加良川(カラガー)。

18~19世紀に、川の水をせき止めて石畳の水汲み場を設けた、とある。

これが水汲み場のようだ。左手の低いところに水が溜まっていたのだろう。

木の根元。木の柵の向こうは穴のようだ。

柵の向こうを覗き込む。水が溜まっている。
川と繋がっているみたい。

水汲み場に降りるところにある、劇聖 玉城朝薫生誕之地、の石碑。
玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん):17~18世紀の琉球王国の官僚・劇作家・演出家。「城」という字は「ぐすく」と読む。「新城」は「あらぐすく」

儀保駅の脇を通り、宿に向かって歩く。

樹木の根がコンクリートブロックを引き裂いて下に伸びている。

根の先端が歩道に届いて、さらに下まで突き進んでいる。ように見える。
凄い生命力。

ここにも。
数えたら10カ所ぐらいある。その生命力に感心。

ところで、この崖の上には何があるのか? 気になるので行ってみた。

公園だ。説明書きがある。

美術村跡(ビジュツムラアト)
終戦後の1948年から1972年ごろまで存在していた、と解説にある。

作家と代表作。

公園近くの家の庭をふと見ると、、、

庭先に胡蝶蘭(こちょうらん)
沖縄では庭で胡蝶蘭が育つのだ。
ちょっと感動。

【本日のマニアック】

三菱製Jeep

木造の手摺りが独特のデザイン。

二階が独特のデザイン。

首里城の石垣。写真右上の角の尖りが独特。
尖っている部分には名前が付いていたり、形状の理由があったりするのだろう。
調査未着手。

2019/3/29-30 竹富島を歩く(D131-132)

今日は石垣島から高速船で竹富島に行く。

(たぶん)外国人の団体さん。

これに乗る。

日本人の団体さん。この日は団体さんで溢れていた。

まず、竹富島ゆがふ館(ビジターセンター)に行ってみる。
ターミナルの向かいにある。裏手から入る。

アプローチがいい雰囲気。

庭には、トーナチ(和名ハスノハギリ)。

中に入る。

周辺海域の解説がある。

「石垣島と西表島の間に広がる海は石西礁湖(せきせいしょうこ)と呼ばれ、(略)
竹富島は、サンゴ礁が盛り上がって出来た周囲9.2kmの小さな島です。」とある。

竹富島は、サンゴ礁が盛り上がった島なのか! 知らなかった。

竹富島を中心としたマップ。台湾が近い。

昔の人たちはこんなに細かく海を識別していたのか。すごいなあ。

竹富町の島暦(しまごよみ)

ゆがふ館から出たところ。むしろ、こっちが正門。

赤い花が印象的だ。名称不詳。

竹富島にはあちこちにこのような解説が立っている。

中心部の集落に向かう道を歩く。
歩道を覆う樹木が特徴的だ。赤い花が咲いている。

20分ほど歩いて「東のスンマシャー」に着く。集落の入り口だ。

11.2キロの荷物はさすが重いが、やっぱり歩くのはいいね。ゆっくりといろいろなものを見ながら歩くと、今まで見過ごしていたことがいろいろ見えてくる。

少し歩くと竹富郵便局。小さな島なので郵便局はここだけ。

さらに歩くと水牛車に出会う。

追い越して、前に出て撮影。

竹富島のイメージは、やっぱり水牛車。

こちらは次の日に出会った水牛車。いきなり正面衝突!(笑)
ツノがくるっと丸くなっているね。個性的。

おっとっと、もう一台。

宿に到着。

竹富島はこんな感じの民宿がほとんど。
伝統的建築物保存地域なので元民家が多い。
そういえば、星のやがあるが、あれはどうなっている?
民家と同じ意匠で新築したのだろうか?

宿に荷物を置き、身軽になる。

さあ、歩き回るぞ。

まず、なごみの塔に行く。

コンクリート製。昭和28年建造らしい。今は登れない。

塔の下まで登って周囲を見回す。

すぐ後ろにある、あかやま展望台という名のビルの屋上からの風景。
左手になごみの塔が見える。

ちなみに、あかやま展望台の入場料は100円。
無人なので木の箱に入れるシステム。

喜宝院蒐集館(きほういんしゅうしゅうかん)に入る。
こちらも無人。入り口に300円を置くシステム。

展示品はいろいろあったが、この2点がお気に入り。
こんな衣装の女性と会ったら、それだけで惚れそう。

お昼だ。食べないことが多いのだが、せっかくなので沖縄そばを食べよう。

竹の子というお店。有名らしく順番待ち。

お店の向かいにある待合スペース。木陰で涼しかった。

10分ほど待って、入店。

沖縄そば、美味しかった。

心を奪われたのは、店主ご夫婦の娘さん。7歳。
ちょっとおしゃまだけど、聡明な顔立ち。しぐさがかわいい。
会計をするおじいちゃんの後ろで、お釣りを出して渡す。
お客さんが帰ると食器をお盆に乗せてキッチンまで運ぶ。
小さなからだで、麺の器を乗せたトレイを危なっかしげに一所懸命に運ぶ。
そのあとは食器洗い。
胸がキュンキュンしてきた。

カウンター席だったので、すぐ目の前で食器を洗っている。
話かけるなら今しかない。

こんにちは~。いくつですかぁ~。

ななさい

じゃあ、こんど二年生?

(うなづく)

いつもお手伝いしてるの~?

(うなづく)

そう、えらいねぇ~

だめだ、会話が続かない。
思春期にありがちな現象。諦めるしかない。

オレも7歳なので同い年。付き合ってほしい、って言いたかったのだが、、、

片思いはここまでにして、傷心を捨てに海にいこう。

海に向かって少し歩くと、西のスンマシャー。

数分で海に出る。

観光スポット、西桟橋。
透き通る海&記念撮影するファミリー&語り合うカップル。明るい! いいねぇ。

次の目的地は、コンドイビーチ。

照りつける陽射しの中を黙々と歩く。

シロオビアゲハ。黒と白のデザインがいい。
動きが速くて撮るのがたいへん。30枚中のベストショット。

朝顔系の植物。詳細不詳。
陽の光に透ける藤色の花びらが美しい。

コンドイビーチ到着。西桟橋から15分ぐらい。

おお! いきなり夏の風景。いいね。

泳がないので、次の目的地、カイジビーチを目指す。

さっきは車道脇の歩道を歩いてきたが、今度は海岸線を歩いてみよう。

砂浜は、サンゴの破片、貝殻の破片、有孔虫の骨などだけで、岩石の砂は見当たらない。だから白い。サンゴ礁が盛り上がった島だもんね。

陽射しから逃れて休息する二人。

沖縄パインかな?

カイジ浜に着く。
砂浜で何かを探す人たち。近寄ってみよう。

ああっあ、もう、暑くてやってらんないわよ。私は日陰で休みます、と(たぶん)言っているおかーさん。旦那と娘は一心腐乱に何かを探す。

はい、見つけました、星砂!
小さすぎてわからない? 写真を拡大してみてね。

星砂の正体は有孔虫の骨。
ビンいっぱいの骨が300円。
あたしならこっち買うわ、とさっきのおかーさん。
が言っている気がした。

竹富島はどこも花でいっぱいだ。

それでは、風走記写真展「竹富島、花のある風景」をどうそ。

引き続き、風走記写真展「シーサーがいる風景」
※小さくても必ずどこかにシーサーがいます。

【今日のマニアック】

【本日のデータ】
高速船:1330円(往復券)

11月26日(月)118日め 天空の城、越前大野城(2)城は紅葉にも包まれていた

午後は大野城に行ってみることにする。

相棒バイクで南登り口の駐車場に着く。

南登り口の案内版。
大野城とその周辺は亀山公園になっている。

南登り口の門を入る。

なだらかな石の道を登る。イチョウの落ち葉が美しい。

イチョウの絨毯が敷かれた石段を登る。
写真は振り返ったところ。

周囲は紅葉に包まれている。

繊細な紅葉が美しい。

紅葉と落ち葉。晩秋特有の景色。

天守へ登る階段。紅葉のドームに覆われている。
降りてくる二人の服も黄と赤。

階段を登る。見上げると紅葉の屋根。

枝ぶりがいい。

天守と紅葉。

石垣のコケと柿のオレンジがいいコントラストだ。

天守と柿と石垣。この時期だけの風景。

石垣が素晴らしい。野面積み(のづらづみ)という工法。

絵に描いたような真っ赤な紅葉。

天守へ向かう階段から見下ろす。

天守の石垣。これも野面積み。
天守は昭和43年に推定再建(※)されたコンクリート製だ。
おそらくこの石垣も再建時のものだろう。新しい気がする。

※推定再建:図面などの事実に基づいた復元ではなく、絵図や他の城の天守を参考に推定して再建したもの。

カラスの集団が集まる樹木。
美味しい実があるようだ。みな一心不乱についばんでいる。

天守周辺から見下ろす。

黄葉が美しい。

さて、そろそろ戻ろう。

なだらかな道を下る。少し陽が射してくる。

登りとは違う道を歩いてみる。

こちらの紅葉も美しい。

一枚の葉に緑と赤が混在している。

紅いモミジ葉にイチョウの黄色い落ち葉が降り積もっている。
赤と黄の混在が美しい。

宿に戻る途中で日が暮れる。
結ステーション(結楽座)という場所から天守を見上げた風景。

今日は素晴らしい一日だった。
さあ、宿に戻って、コンビニ弁当で祝杯を挙げよう。

【本日(午後)の感想】
お城の紅葉がこんなに素晴らしいとは思わかかった。
野面積みの石垣も予想以上だった。
天守はコンクリート製だが、それを補って有り余るものがある。
桜も多いので春も良いに違いない。

11月24日(土)116日め 主計町茶屋街~金沢城址~近江町市場を歩く

今日はよく晴れた。

よし、金沢市内でまだ行っていないところを歩こう。

兼六園は2回ほど行ったのでパス。隣の金沢城址に行こう。
3つの茶屋街の2つには今回行ったが、もう一つ主計町(かずえまち)茶屋街にも行こう。
帰りに近江町市場(おうみちょういちば)にも寄ってみよう。

今日は途中で寒くならないようにセーターを2枚持ち、登山用アウターを着込む。

まず主計町(かずえまち)茶屋街に向かう。

しばらく歩くと、いい感じのビルを発見。

グリーンの色といい、汚れ感といい、左の白いビルの蔦の枯葉といい、右の低い建物の「フジカラー」の看板といい、全体の「昭和な感じ」が実に素晴らしい!

今日はいい景色に出会えそう。気分爽快。

ほらね。

石造りの小さな蔵。浅野川の向こう岸。

主計町(かずえまち)茶屋街に向かい、浅野川沿いを歩く。

和の雪吊りと洋の灯り。このしっくり感が不思議な感じ。

浅野川にかかる橋は美しい。
手前は「中の橋」、その向こうが浅野川大橋(橋脚と水鏡像だけ見える)、さらにその向こうは「梅の橋」(まったく見えない)、ずっと向こうにアーチだけ見えるのが「天神橋(卯辰橋)」

中の橋。
この2人も私の専属モデルです(笑)
青空の下、同じ瞬間に同じ方向を向く二人。
この、心が通じ合っている感じ、いいですねぇ。

鏡花(きょうか)のみち。

※鏡花:泉鏡花。明治後期から昭和初期の文豪。代表作は『高野聖』。主計町茶屋街の裏手の下新町で生まれた。

梅ノ橋を渡る。

梅ノ橋で会った素敵なカップル。
向こうは浅野川大橋。

こんにちは~。着物が素敵ですねぇ~。
写真、撮ってあげましょうか?

えっ、ホントですかぁ~。
お願いしますぅ~。

どっちのスマホで獲りますか?

じゃ、これでお願いしますぅ。(と女性)

すみません。お願いします。(と男性)

じゃ、撮りますよ。
あっ、もう少し、半歩だけ左に。そうそう、そんな感じ。

注文が多い写真屋さん。

いいですねぇ。じゃ、撮ります。もう一枚。

はい、確認お願いしますね。どうでしょう?

と言いながら一緒に画像を確認。う~む、いい構図だ。

すごい、いいですぅ。綺麗。
ありがとうございますぅ~。

これからも仲良くね。
喧嘩したときはこの写真を見て仲直りしてね。

主計町(かずえまち)茶屋街に着く。
外国人観光客が多い。ざっと見の印象、2割かな。

いい感じの御茶屋さん。朱というのは珍しい。

と、そこへ。タクシーが、、、
乗っているのは着物姿の女性。

よし、シャッターチャンスだ。あわててカメラを構えてズーミング。

あっと言う間もなく、家に入ってしまった。
収穫はブレブレのこの1枚。残念!

惜しいなあ、と思いながらぶらぶら進む。

主計町「町名復活の経緯」という掲示。
昭和45年に「尾張町二丁目」に変更したが平成11年に「主計町」を復活させた、とある。

(バカボンのパパの口調で)
そうなのだ。町名は歴史を物語る、なのだ。安易に変えるのはご法度、なのだ。

主計町:加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来している。
※バカボンのパパ:赤塚不二夫のギャグ漫画『天才バカボン』の登場人物。主人公バカボンの父親。「~のだ。」が口癖。

観光写真風に撮ってみた。
お店に入ろうか相談する若者カップル。
このあとお店に入っていきました。
ずっと仲良くね。

さて、金沢城址に行こう。広いから時間がかかりそう。

大手門口。夜はライトアップされるみたい。
寒いから昼間だけでいい。夜はごめん。

入ってすぐの石垣。特大の石が2つ。
こういうのが面白いよね。

左手に回り込んだ側面。それぞれの石の微妙な色の違いがいいね。

少し進むと、ここにもカップル。
青空と桜(枝だけ)と紅葉と緑と石垣。そして人類。ちょっとだけ掲示板。
絵に描いたような晩秋、とはこのこと。

十月桜と紅葉。配色が素晴らしい!

湿生園から中央方向を眺める。
青空の下、この眺め。心がふわっと広がる感じ。
左が五十間長屋の菱櫓。右が三十間長屋。

陽に輝く紅葉と三十間長屋。晩秋の絵になる風景。

石垣をバックにキラキラ輝く湿生園の植物。これも絵になる風景。

撮っていると、あっと言う間にお昼どき。
絵になる風景を見ながら、昼食を食べよう。一人だけだが幸せなひととき。

昨日の100番街スーパーで買った2割引のパン。こだわりの豆入り。
うん、ほのかな甘さの豆がとても美味しい。
朝、ポットに入れてきたコーヒーも熱々でGood。

紅葉が真っ盛り。赤と黄と緑が混ざるこの樹がひときわ目を引く。

紅葉から下がる松の葉。樹木までが金沢風。粋だね。

豪華絢爛を絵に描いた、とはこのこと。

こっちも。

こっちも。

全部まとめて着物にしたい。

お姫さまのあとは武骨なやつ。
河北門。左が「一の門」の扉、正面が「二の門」
カッコイイを絵に描いた、とはこのこと。

二の門を正面から。

二の門に上がる。

手摺りの上の白い糸は何? テニスのガット or 釣り糸のような丈夫な素材。

入り口で、案内の女性に尋ねる。

すみませ~ん。手摺りの上の白い糸は何ですか? そのほら、あれです、あれ。

ああ、あれはカラス除けです。
このあたりはカラスがすごくて。
でも、今まで手摺りにカラスがとまっているのを見たことがありません。
あの糸の効果だと思います。

最初から付いていたんですか?

そうだと思います。

そうなんですか。ありがとうございます。

河北門は、2010年に復元されているので、そのときから張ってあったことになる。誰の発案だろうか。興味がある。

河北門内部。

河北門を出るとすぐに石川門。

内側の造りが面白い。

四角いのが鉄砲窓。塞いであるので、外から見ると城壁の飾りにしか見えない。
敵が攻めて来たら、内側から塞ぎを壊して鉄砲を撃つ。
でも、一度も戦にはなってない。よかったね。

支えみたいなやつ。名称不明。
戦のときは、二段になっている水平の木に、板を渡す。
上の板に乗って、屋根の上から鉄砲を撃つ。
下の板に肘をついて、鉄砲窓から鉄砲を撃つ。
上下からの集中砲火を浴びせる、という計画。

敵方の人たち、戦にならず命拾いしたね。

今日は特別公開で中に入れるという。

やったー。

入ったところ。

向こうに見えるのが一の門。
着物の女性二人、私の専属モデルです(笑)
あちこちに専属モデルがいるので大助かり。

五十間長屋。石垣が美しい。

五十間長屋平成13年、復元。武器倉庫。人は住まない。

五十間長屋と90度の位置にある塀。名称不明。
逆三角形の明るい色の石たちに注目。
復元以来の17年間、雨に当たり続けた石たちと屋根に守られた石たちとの色の違い。人生にも通じるような気がしてくる。

橋爪門。
いいね。絵になる風景。

時が紡いだ色の変化。この微妙な色合いがいい。

鶴丸倉庫。重要文化財。
石版を貼った外壁が陽に輝く。

石垣をくり抜いて造られた旧陸軍のトンネル。
内部がレンガ造り。弾薬庫への通路だったらしい。

本丸園地の紅葉。

三十間長屋。最初は食器類の倉庫。その後武器庫に。重要文化財。

石積みが美しい。金場取り残し積み、と言う。

ここも今日は特別公開日。ラッキー。

木造技術が凄い。美しさもある。圧倒される。

その後、グルグルと30ほど歩いたあと、五十間長屋の広場に出る。

青空と長屋と長く伸びた影。
宇宙と歴史と今ここにいる私。

さあ、帰ろう。

黒門口に向かう。

紅葉に微妙な白い色が混ざっている。見たことがない繊細な色遣い。
写真を拡大してもブレていて正体不明。枯れ枝のように見えるのだが、、、

黒門口を出たところ。

写真を撮っていたら、一眼レフを持った写真マニア外国人観光客(30歳前後、男性)が話しかけてきた。

(紅葉を指さして)ビューティフォー!

(私も笑顔で)そだねぇ~

彼が理解したかどうかはわからないが、笑顔を向けたあと、また写真を撮り始めた。

さて、近江町市場(おうみちょういちば)に急ごう。17時までなのだ。

7~8分歩くと近江町市場。

たくさんのお店に海産物があふれる。

のど黒一夜干(大) 2枚入 1パック 2700円。

この店は2つのものだけ売っている。カニと蟹。

甘塩タラ子 1P 1、000.本日のお買得品。

最高品 能登生しいたけ うま~い
1山 1,000円 焼いて食べて

(生)すけこ 北海道
一パック 1,000エン

※すけこ:助子、鱈子。スケソウダラ or スケトウダラ(助宗鱈 or 助惣鱈)の子。

(活)岩タコ(宮城) 一パイ 1,950

加能ガニ 11.6 解禁 地物 一枚12,000円~

のどぐろ らーめん 醤油味 1袋380円

手が出るのはこれぐらい。宿では作れないので買うのは断念。

のどぐろの缶詰。醤油漬&水煮。価格を写す気にならないほど高かった気がする。

結局、近江町市場では何も買わず。

宿の近くのスーパーで、お豆腐と御弁当を買う。

だいぶ冷えてきた。
さあ、宿に戻ってお風呂に入って、湯沸かしポットで湯豆腐を作ろう。

【本日の反省】
金沢城址は石垣の種類が多いので有名だ。
ちゃんと見ると時間が足りないと思い、テキトーに見てしまった。
三十間長屋の「金場取り残し積み」を見て反省。
最初からちゃんと見ればよかった!
もし、再び金沢に来ることがあれば絶対にちゃんと見ます。
誓います。