2019/5/9 首里城へ行く:1. 城壁&新公開の御内原を堪能(D172)

今日は、玉陵(たまうどぅん)&首里城に行く。
世界遺産群の中心的存在だ。

玉陵(たまうどぅん)
※「うどん」ではなく「うどぅん」。

チケット売場。地下が展示室になっている。

まず展示室に行く。

概要説明によると、玉陵は王族の納骨堂。

納骨室の模型。納骨室が3つある。
向かって左が王と妃。真ん中が洗骨室。右が一族。

骨を入れる厨子甕(ずしがめ)。沖縄では、ジーシガーミ、と言う。

中に入ること、触れることを禁じます。
Prohibited to touch and enter inside.

中に入る? 入れるの? 
四角いほうはD200×W300×H300mmぐらい。
丸いほうは直径200mmほど。
でも、きっと誰かが入ったんだろうなあ。そうでなければ、この貼り紙は無いはず。
入ったとすれば四角いほうか。
2歳ぐらいの幼児なら入ることもあるかも。

と、考えてはみたものの、今でも釈然としない。
係員に尋ねればよかった。反省。

玉陵に向かう。

外壁。

中央の門から入る。

入ったところ。何もない広い空間。

奥にも門がある。

門を入ったところ。納骨室が並ぶ。
写真は向かって左側。歴代の王&妃が眠るところ。

右側。一族が眠るところ。

3つの扉が面白かった。

向かって左の、王と妃の扉。左扉が黒く、右扉が白い。

真ん中の洗骨室の扉。左扉が白く、右扉が黒い。王と妃の扉とは逆。

向かって右の一族の扉。左右とも白い。

この配色は意図するものか偶然か?
単に、黒い扉は昔からのもの、白いのは最近のもの、というだけかもしれないが。
係員に尋ねればよかった。反省、その2。

さらに、これらの扉、閂(かんぬき)の違いが面白い。

王と妃の閂。左右均等の長さ。左側の留め具がない。破損した感じ。鍵もない。
王と妃の納骨室がこのままで大丈夫なのか?
係員に尋ねればよかった。反省、その3。

洗骨室の閂。閂は左が短く、留め具は左右の扉に付いている。鍵は左の扉。新品。

一族の閂。閂は左が極端に短い。留め具は左1つ右2つ形つ。鍵は右の扉。新品。

3つがこんなに異なるようにしたのは偶然? 意図的?
係員に尋ねればよかった。反省、その4。

洗骨室付近の壁をガリガリとひっかいている作業員。

お仕事中すみませ~~ん。何をなさっているんですかぁ?

△%&☆シダを取っているの。
苔は残してもよくて、△%&☆シダだけ取ってる。
△%&☆シダはほっとくと増えるんだなぁ。

そうなんですかぁ~、お疲れさまですぅ~。

△%&☆の部分、聞いた直後は憶えていたが、3歩あるいたら忘れてしまった。

掃除が終わったエリア。苔だけ残っている。

これから作業するエリア。シダと苔が混在している。

チケット売場のおねーさんたちに質問してみた。
取り除いている植物の名前は何と言いますか?
さっき聞いたんですが、忘れてしまって、、、

後ろにいた男性職員が出て来て回答してくださった。

取ってるやつ? ホウライシダ。はいっ。

と、見せていただいたのがこれ ↓

除草指示書。なるほど。

アレっ? 苔は取らなくてもいいって作業員の方がおっしゃっていましたが、、、

壁はそのままでいいんですが、地面のは取るんです。滑って危ないから。

なるほど。指示書、写真撮らせていただいていいですか?

いいですよ。どうぞ。

ずうずうしい観光客にも親切な対応。学芸員かもしれない。

東の詰所。

西は詰所跡。

さあ、次は首里城だ。4年前に来ているので2度め。
今回は、今年2月から公開された御内原(おうちばら)を見るのがメイン。
あと、城壁全体をちゃんと見る。

結果的に、上の図の赤線部分を歩いた。
こうしてみると、けっこう歩いたなあ。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

門の後ろに回り込む。
御嶽は門の後ろのこの空間。

守礼門の下を通り、歓会門に着く。

他の城(グスク)には門の上の木造建築は復元されていなかった。
首里城は復元されている。あると雰囲気が違うね。

向かって右側の隅頭石(すみがしらいし)。
隅頭石は今回の旅で気に入ったものの一つ。美的だ。
中城城(なかぐすくじょう)のもよかった。

門を入って、後ろから見る。
雨が直接当たらず汚れていない石垣部分はきれいだ。

石積みが面白い。

布積みのようだが違う。横を直線にそろえず、ずらしている(写真赤丸)。
布積みだと横にズレやすいはず。その弱点を解消する積み方だ。
おそらく、整層乱積み(せいそうらんづみ)。
素材の琉球石灰岩は柔らかそうなので、加工しやすさを生かしている感じ。

このような積み方も、かなり厳密に復元しているはず。
復元過程について調べたら面白そうだ。

門に続く城壁部分。ここも縦横のラインをずらしている。
気をつけて見ると、あちこちがそうなっている。

チケットを買い、御庭(うなー)に入る。正面が正殿。
赤(敷瓦)と薄黄色(石灰石)を組み合わせた床面のデザインが独特だ。
中央はさながらレッドカーペット。浮道(うきみち)と言う。
独特のデザインセンスが面白い。優秀な建築デザイナーがいたのだろう。

正殿に入る。

ガイドさんの無料案内に申し込む。15名限定。

ガイドさんの案内を聞きながら見学。
内部は撮影禁止だが、外を撮るのはオーケー。
ガイドさんを撮るのも(たぶん)オーケー。

正殿脇の南殿・番所で企画展を開催中。

琉球で使われているさまざまな赤色の展示会。撮影NG。
深い赤や鮮やかな朱など、たくさんの種類の赤がある。
製法もいろいろで、虫を煮て色を抽出するなど、面白かった。

王家の秘宝展。撮影NG。
写真にある二本の脇差。鞘がとても美しかった。
左:青貝巴紋散合口拵(あおがいともえもんちらしあいくちこしらえ)
右:青貝微塵塗印籠刻鞘合口拵(あおがいみじんぬりいんろうきざみさやあいくちこしらえ)

奥書院に掛けられていた掛軸。空気に触れるため、これは複製。
原本は黄金御殿(くがにうどぅん)のガラスケースに入っていた。撮影NG。

正殿二階の大庫理(うふぐい)。
ここで使われているさまざまな赤についてガイドさんが解説。面白かった。

玉座台の脇の彫刻。リスとブドウは幸福を招くのだそう。ガイドさん一押し。

王冠。

玉璽(ぎょくじ)。国王が持つ実印みたいなもの。
大きい。5cm角ぐらいだったと思う。

いよいよ正殿の裏手、御内原(おうちばら)に入る。
国王や家族の生活空間。女性がすべてを取り仕切る大奥みたいなところ。

全体の配置はこんな感じ。

正殿を裏に抜けたところ。後之御庭(くしのうなー)。

寄満(ゆいんち)。国王と家族の食事の準備をしていた場所。

女官居室(にょかんきょしつ)。

世誇殿(よほこりでん)。国王の即位の例が行われた場所。

脇を通って後ろに進む。

金蔵跡。宝物の保管庫。資料がなく復元できないので場所だけ。

さらに進むと、白銀門。

白銀門を入ったところ。寝廟殿(しんびょうでん)。
国王が亡くなったとき、遺体を一時的に安置した場所。
資料がなく、建物は復元できず。基壇のみ。

寝廟殿脇の階段を登る。

東(あがり)のアザナ。城の最東端にある物見台。
城下が一望できる。国王になった気分。

高いのが正殿。裏から見ている形。

東の方向に遠く久高島が見える。細長く霞んで見えるのがそれ。
神が最初に降りた島。
最初のうち国王は久高島までお参りに行っていた。そのうち斎場御嶽(せーふぁうたき)から久高島を拝むことで済ませるようになった。
どちらにしても久高島は信仰対象。

東(あがり)のアザナのすぐ脇。鐘楼があった場所。
時を知らせる鐘。ここなら、あたり一帯に鳴り響いたことだろう。

正殿の方向(西)を望む。城壁の曲線がよく見える。

北側には沖縄芸大。独特のデザインなのですぐわかる。

奥まで行きついたので、戻る。

湯殿跡。正式名称記録忘れ。
女官たちが湯あみする姿を想像するのはご自由に。

世誇殿に戻る。

イベントの真っ最中。

正殿を横から。屋根の上の龍をじっくり見たことがなかった。
よく見ると、とても精巧に復元してあるのがわかる。
髭がピロロン~と曲がりながら伸びているのが面白い。

北殿に入る。今は土産物売場だ。

売場脇の壁。首里城 Q&A。
22問ある。さあ、あなたはいくつ正解できるか。
問題と解答は次のブログを待て(笑)

北殿を出て、城壁の外を東に向かう。

淑順門(しゅくじゅんもん)の前を通り、さらに東に向かう。

ガマ遺構。女官たちの息抜きの場だったという伝承がある。

右上の高いのが、先ほど登った東(あがり)のアザナ。

正面に見える階段は登らず、左に回り込む。

最も外側の城壁を見下ろす。曲線が美しい。上部中央は右掖門(うえきもん)。

西に向かい、右掖門の脇を通り過ぎ、

久慶門(きゅうけいもん)から外に出る。外に出て振り返ったところ。

城壁の外側をまた東に向かう。城壁に沿ってグルっと半周しようという計画。

今いるのは、マップ中央の青い★あたり。
これから時計周りにグルっと回る。

城壁らしい城壁が続く。

左手は沖縄芸大。

東に進むにつれて高くなる。正面に東のアザナ&鐘楼エリアが見えてきた。

東のアザナ&鐘楼エリアの下を通り過ぎ、、、
城壁のカーブに沿って先に進む。

継世門(けいせいもん)が見えてきた。

継世門から中に入る。

正面に美福門が見える。ここからは中には入れない。

右手にある階段を登って、東のアザナのすぐ下に向かう。

左が東のアザナ、右が鐘楼エリア。

階段を右に降りるとガマ遺構。

今いるのは、マップ最上部の黄色い★あたり。

階段を美福門側に戻る。

美福門の前を通り過ぎ、ずっと西まで歩く。

西(いり)のアザナ。
正面の赤い屋根は首里杜館(すいむいかん)。首里城公園レストセンター。
レストラン、カフェ、ショップなどがある。

木曳門(こびきもん)から外へ出る。
門の上には木造の建築物があったはずだが、復元はされていない。
建物があった凹みに雑草が茂っているだけ。
ローカルな門は無視されがちだ。ちょっと哀愁がある、こんな門が好き。

ちょうど歩き終わったタイミグで雨が降り始めた。

カッパのズボンを履く。
カッパの上を着る。
ヘルメットをかぶる。
傘をさす。
スマホと小さなビニール袋を持って樹の下に行く。
Googleマップに宿の近くのスーパーマーケットをセットする。
スマホにビニール袋を被せて相棒バイクに戻る。
フォルダーにスマホをセットする。
傘をしまう。
エンジンをかけて走り出す。

雨が降ると一つ一つに手がかかる。

【本日の宿】
那覇、泊(とまり)ふ頭付近。若い人たちが運営する大規模ゲストハウス。2泊め。

【本日のデータ】
歩行距離:5km
歩数:10,416歩
登った階数:25階

2019/4/27 ボクネン美術館へ行く(D160)

名嘉 睦稔(なか ぼくねん)、愛称 ボクネン、という沖縄出身の版画家がいる。
Wikipediaはこちら
オフィシャルサイトはこちら

その美術館が宿から近いので、行ってみることにした。
アメリカンビレッジというベタな観光地の一角にある。

向かって右の建物がそれ。
1階はアカラギャラリーという無料美術館。実態は美術品販売所。
2階がボクネン美術館。

この人の作品(版画)は、いかにも沖縄的な色彩のものが多い。

今回の展示は沖縄以外の土地へ旅したときの風景なので、むしろ面白かった。
作風は同じだが、色彩が穏やかで繊細になっていて、こちらのほうが好みだ。

最上階が「瓦の波展望台」とのことなので登ってみる。「沖縄の屋根展望台」だったかもしれない。

美術館の隣の建物の屋根。この建物は美術館と一体的にボクネンさんが設計したものらしい。
波っぽい。

アメリカンビレッジのさまざまな建物はベタなアメリカン。
その中にあっては異色と言えるかもしれない。

【本日のマニアック】

撮影中に通り過ぎた三輪車。いいね!

【本日の宿】※2019/5/5追記

読谷村(よみたんそん)の58号線沿いにあるゲストハウス。2連泊の2日目。
詳しくは昨日のブログをどうぞ。

【本日のデータ】
ボクネン美術館:入場料 800円

2019/4/22 市場の古本屋 ウララ→軽便与那原駅舎(復刻)→ニライカナイ(D155)

今日は沖縄本島の南側の東端、南城市まで移動する。
途中でいくつか寄りたいところがあるので楽しみ。

まず、水上商店の一つ「市場の古本屋 ウララ」に行く。
きのう行ったのだが、日曜日は定休日だった。火・日が定休日。
なぜ、観光客が多い日曜日に休む?と思ったが、何か理由があるのだろう。

ここは、『蔡温の言葉』を書いた沖縄通の知人に教えていただいた。

店主の宇田智子さんの経歴が興味深い。
1980年、神奈川県生まれ→東京大学卒業→(大型書店)ジュンク堂池袋本店に勤務→同沖縄那覇店に勤務→古書店「ウララ」を開店→『那覇の市場で古本屋 ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』(2013年 ボーダーインク刊)を出版→第7回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。

ね。面白そうな人でしょ。
ジュンク堂って何?とか、どんな内容の本なの?とか、その賞って何?とか、何も知らなくても面白そうでしょ?

で、行ってみた。

二言三言お話。
、、、
、、、
会話が続かない。
そっけない。というのが最も妥当な表現か?
すごくシャイなのかもしれない。商売には向かないタイプ。
元日本兵の風貌だからな、とも思ったが、警戒されている感じはない。別のお客さんとの会話も似たような感じ。

完全にリサーチ不足。
まず、著作を読んで、もう少し理解してから改めて来よう。
早ければ3年後。
これでまた一つ楽しみが増えた。

会話が弾んだらツーショットを撮らせていただこう、と目論んでいたのだが、言い出せず。

ということで、ここまで写真なし。

何も買わずに帰るのもバツが悪いので、知人に薦められた書籍を買う。

『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』新城和博著 ボーダーインク刊

知人の著書『蔡温の言葉』の担当編集者が書いた本。
表紙の写真(上)は例のジオラマ(昨日のブログ参照)。

※「新城」は地名なら「あらぐすく」だが、人名だと「しんじょう」。日本語は難しい。というより沖縄・琉球の発音が独特。

新城(しんじょう)さんのサイン本。価格は定価。
宇田さんが私を歓迎してくれた証に違いない。
3年後じゃくて、沖縄本島を離れる前に宇田さんの著書を買いに来ようかな。
もちろんサイン入りで。

次は、軽便与那原駅舎
軽便鉄道開業100周年を記念して復元された。2014年4月完成。
「軽便」とは「軽便鉄道」の略。詳しくはWikipediaで。

元々がコンクリート製。
最初は木造だったが、昭和6年にコンクリート製に建て替えられた。
それを復元したもの。

入り口。日付が重要。来訪年月日の証明。
平成最後の月。と言い出したらキリがないけど(笑)

受付。かわいい知的なお嬢さんに受付をしていただく。
それだけで好感度アップ。男はいくつになっても単純だ。

切符形入場券。
下の切り込みは改札鋏(かいさつばさみ)で自分で入れた。細かい演出がグッド。

だが、改札鋏が2つあり、切り込みの形状が異なる。
(しまった! 改札鋏の写真を撮るの忘れた)
切り込みの形は駅によって異なる。2つの改札鋏がこの駅のものなら形状が異なるのはおかしい。この駅のものなのか? 気になる。

受付のお嬢さんにお伺いしたところ、
この駅のハサミは残っていないんです。ほかの駅のハサミです。寄贈されたものを置いています(ニコッ)
とのこと。
残ってないなら仕方ないよね。その笑顔だけで十分ですよ。

駅舎の歴史。

寄贈された船の模型。電車とは無関係だが、寄贈されたので展示。
こういうの好きです。入場者のみなさん、展示理由は問い詰めないでほしい。

馬車。寄贈品。鉄道馬車ではなさそう。鉄道馬車なら前輪と後輪の左右の間隔が同じはずだが、厳密に観察しなかった。

ジオラマ。昭和6年当時の駅舎前。
街っぽく撮ってみた。メインストリートをアップで撮ったほうがよかったかも。

木造当時を描いた絵。かなりシンプルな建物だ。

なぜ、最初の木造駅舎ではなく、そのあとのコンクリート製を復元したんですか?
と、かわいい知的なお嬢さんに尋ねてみた。

お嬢さんいわく、
当時はモダンな最先端の建物でしたので。
当時、コンクリート製はこの駅だけだったんです。
他はみな木造でしたので、復元するなら当時注目を浴びたコンクリート製を、ということですね(ニコッ)

なるほど。
絵で見る限り、木造駅舎はシンプルすぎて、復元の意味がないのかもしれない。

ニライカナイへの道、の手前に展望台がある。写真左手の道を歩いていく。
ニライカナイ:異界、他界、神界、理想郷。詳しくはWikipediaで。

展望台から見るニライ橋とカナイへ橋。手前がニライ橋。向こうがカナイ橋。
ニライ橋を走るミキサー車の塗装が海とマッチしていたので入れてみた。

う~む、上の写真、今見ると、ジオラマっぽい。ミキサー車がおもちゃみたいだ。
だんだん何が現実かわからなくなってきた、、、

展望台へ向かう途中の風景。自衛隊のミサイル車とレーダー。ジオラマではない。
鉄条網の下に、ドローン飛行禁止の注意書きがある。ジオラマを作るならこれも再現したい。

草刈りをする若い自衛隊員。

正門に行ってみる。
知念分屯(ぶんとん)基地用地区。

正門警備の自衛官とお話。
分屯基地って何ですか?

分屯基地っていうのは実戦部隊がいる基地っていうこと。指揮官がいる基地は別のところにあるの。

そうなんですか。どうもありがとうございます。

戦闘になったとき、ここは攻撃されるけど、指揮官のいるところは攻撃されないんですね(と心の中でつぶやいた)

さっきの若い自衛官がずっと草刈り。
この人が戦うような事態が訪れないことを願うばかりだ。

ニライ橋を渡り、、、

カナイ橋に差し掛かる。遠く青い海が見える。

気持ちよく走り、知念岬公園に着く。

観光バスでやってきた外国人団体さん。
なぜか赤Tシャツ&赤キャップの人が多い。理由は聞きそびれた。

宿に向かう。

パラグライダーが飛んでいる。知念岬公園の方角。
海風が崖にぶつかってできる上昇気流に乗ってずっと飛んでいた。
いいなあ。頑張って今年中に飛べるようになりたい。

宿に着く。

三線(さんしん)を練習する宿泊客。
のどかな(少しぎこちない)歌声が聞こえてきた。

【本日の宿泊地】※2019/5/5追記

斎場御嶽(せーふぁうたき)の近くのペンション。久高島へ行く船のターミナルも近い。70歳前後のお母さんと娘さんとで運営。お母さんがとても親切。糸満市出身。糸満高校応援のTシャツを着ていた。
高台にあるので海がよく見える。
夕飯はベランダから海を見ながらコンビニ弁当を食べた。
朝食付き。地元の食材を使っていて美味しかった。久しぶりのまともな朝食。
2連泊の1泊目。

【本日のデータ】
軽便与那原駅舎(復元)資料館入場料:100円
受付のかわいい賢いお嬢さんの笑顔:(何度でも)無料

2019/4/21 国際通り&壺屋やちむん通り界隈を歩く(D154)

今日は、国際通り&壺屋やちむん通り界隈を歩く。
美術展、博物館、レッドカーペット、暗渠(あんきょ)、壺屋など、予定は盛りだくさん。

那覇市民ギャラリーでやっている山田武さんの展示会に行く。
宿から徒歩7分。
この人、沖縄の絵を水彩画で描く。知人のブログのヘッダー画像に使われていて、いいな、と思っていた。
たまたま山田武さんのブログを見たら、今日まで展示会と書いてあるではないか。
きっと会場にいるに違いない、と思ったら、大正解。

いろいろお話して、本人の油絵を中心に記念撮影。
油絵もたまには描くと言っていた。

この写真の私、山の中で発見された元日本兵、みたいになっている。
何とかせねば。

次は、那覇市歴史博物館。沖縄に詳しい知人が、見たい、と言っていたジオラマがある。知人は(たぶん)見ていないと思う。

うふふ、私のほうが(たぶん)先に見ることになるのだ!

ジオラマの解説。

「沖縄のなは」復元模型。
「昭和初期の那覇のメインストリート 大門前通り
 昭和7~12年頃を想定 縮尺 1/100」、とある。

銘板。
「大門前」は「ウフジョーメー」と読む。
「通り」は何と読むのだろうか。フリガナが無い。惜しい!
「トオリ」なのか「ドオリ」なのか、どちらも違うのか?

精密なジオラマなので、本物の風景のように撮影してみる。

路面電車と車引とお店の看板。
路面電車の前の日傘のご婦人。日本的顔立ちの整った美人です。

少し違う角度から。路面電車の運転手が日傘の美人を見つめています。
後ろからでも美人はわかる。

街のシンボル的建造物。名称不詳。
左手の黄色い車は商談相手、建造物のオーナーは右の黒い車。

違う角度から通りに沿って。

電柱 or 電信柱が細かく作られている。
作った学芸員さん、マニアだねぇ。
※電柱(でんちゅう):電力会社の所有物。
 電信柱(でんしんばしら):通信会社の所有物。
 正しく使い分けるのは至難のわざ。

国際通りでは沖縄国際映画祭レッドカーペットの真っ最中。

写真を撮る手と手と手と手。それを撮る私。それしか撮れない私。
腕があまりにもサトウキビ畑。
ザワワ、ザワワ、、、かすかに歌が聞こえてきた気がした。

レッドカーペットの終点は、てんぶす那覇という施設の広場。
写真右下にステージが設けられている。
この写真はてんぷす那覇の3階から。ここが特等席かも。

こちらは2階から。ここもいいね。

こちらは4階。ラジオ中継中。みなさん、ノリノリでやっていた。

レッドカーペットはこのくらいで十分。街を歩こう。

国際通りで見かけた「那覇市の小さな芸術家絵画作品」
小学生の絵にはときどき驚くような個性的なのがある。
向かって右端の運動会の絵もそう。この遠近感! この構図! 素晴らしい!

てんぷす那覇1階のコンビニでおにぎりを買い、裏の希望ヶ丘公園で食べる。

目の前にはこんな展示物が。

那覇大綱挽(なはおおつなひき)

こんな感じで綱を引く。
那覇大綱挽:那覇大綱挽まつりのメインイベント。詳しくはWikipediaで。

希望ヶ丘公園のすぐ西側に「水上店舗」と呼ばれる商店街がある。
店舗の下が暗渠になっていて川が流れている。商店街を歩いても流れは見えないが。

水上店舗:詳しくは沖縄タイムス+の記事をどうぞ。
川の名前はガーブ川(ガーブがわ、我部川)。詳しくはWikipediaで。

どこから暗渠が始まるのかを調べたら、のうれんファームという施設の隣。
行ってみよう。

ここがそれ。ごくフツーのさりげない雰囲気で暗渠が始まる。
水はきれい。魚がたくさん泳いでいる。
写真右上に小さく「太平商店街」の文字が見える。
あの商店街の下を川が流れているのだ。
面白いね。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は P1320484-1280x853.jpg です

のうれんファームで昼食。
手巻きオニギリで、水上店舗に乾杯!

周辺をブラブラする。

飲み屋さんが集まったビル。
「大人の駄菓子屋」というのが妙に気になる。

青い建物がおでん屋さんとは思えない。看板は効果的。目につく。

昼間から飲む人たちで賑わうお店。龍の絵のヘタウマ感がいい。

壺屋やちむん通りの那覇市立壺屋焼物博物館に入ってみる。
※やちむん:焼物。

やちむんには、上焼(じょうやち)と荒焼(あらやち)の2種類がある。
上焼は釉薬(ゆうやく)を使い、荒焼は使わない。
ということをここの展示で知った。
細かいことは忘れても、これだけ覚えておけばいいだろう。

3階には個性的なやちむん製シーサーが展示されている。
館内は写真撮影禁止なのだが、ここだけはOK。

ということで、シーサー写真展。

通りを歩く。

伝統工芸士 新垣 修 氏の作品。
ド迫力。

指先ぐらいの花器。玄関に置いたらいい感じ。

手書きの案内マップ。
琉球料理 ぬちがふう までの道案内(20歩約1分)
※「ぬちがふう」は「命果報」と書く。
 20歩を1分ということは1歩3秒。ゆっくり過ぎて歩くのたいへん。

新垣勲窯・陶美館の壁。いい味出してる。

まじる商店。赤い自転車がアクセント。いつも置いてあるわけではない、と思う。

通りから見える風景は、それぞれ趣がある。

クロトン。和名は変葉木(へんようぼく)。沖縄のイメージ。

東(アガリ)ヌカー。村の共同井戸。

壺屋やちむん通りの終点 or 出発点。

同じ通りを引き返す。来るときに見逃したところを見て回る。

通りから少し外れたところの塀。やっぱり通りから少し入るといいね。

新垣(あらがき)家住宅。
壺屋地区に残る陶工の住宅。施設のほぼ全容を残しているらしい。
右手に見える屋根が東ヌ窯(アガリヌカマ)。登り窯だ。
左手にちょっと見えるのが井戸の水を汲む滑車。
登り窯:傾斜地を利用して上部を高くしてある窯。詳しくはWikipediaで。

私有地で公開されていないため、外から写真を撮るしかない。

正門から敷地内を見たところ。

(おそらく)住居部分。お一人で暮らしている方がいるらしい(※)
※すぐ近くの新垣陶苑のご主人が親戚。この人のお話による。

南窯(ふぇーぬかま)という名のカフェ。
この隣に登り窯がある。

昼寝をする猫を睨むシーサーを眺めながら裏手に回り込む。

屋根の下が本物の窯。

下から見たところ。
長さ約20m、幅約3m。カマボコ型で、粘土造り。こちらも登り窯。

【本日のマニアック】

TOYOTA Origin(オリジン)。
トヨタ自動車生産累計1億台達成記念車。1000台限定車。2000年発売。
初めて見た! レトロ感がいいですねぇ。

【本日の宿泊地】※2019/5/5追記

那覇市街。ゆいレール 県庁前駅 徒歩7分。駐車場が離れた場所で1日300円。
3連泊の3泊目。

【本日のデータ(やや脱線)】
戦国武将・古田織部を主人公としたコミックに『へうげもの』というのがある。
焼物の話がメインストーリーで、「登り窯」はそこで知った。

へうげもの 山田 芳裕 著  モーニングコミックス 2005/12/22
※第1巻はkindle版で無料閲覧可能。

【本日(公開日)の思索】4月27日18時30分追記

これを書いて公開した今日は4月27日14時ごろ。
内容は4月21日だから6日遅れだ。

当日の意識と書いている今日の意識との差を感じつつ、両方を織り交ぜながら書く。
これが面白いなあ、と今日は強く感じた。
なので、忘れないように、そのことを書いておくことにする。

6日経つと、クールダウンするというか客観的になる感じ。
それが良いか悪いか、面白くなるのかつまらなくなるのか、それはわからない。

写真を見て、撮影したときには気づかなかった発見もある。
それを、あたかもわかっていたふりをしてさりげなく書く、というのもけっこう楽しい。
一粒で二度美味しい、という(今は忘れ去られた)キャラメルの宣伝文句みたいだ。


2019/4/5 波照間島の日本最南端に到着(D138)

今日も朝から雨だが、波照間島行きは決行する。
スケジュール上、今日しかないのだ。

0800 石垣港を出港。

波が高く、船は大揺れ。上下に揺れながら右に左にローリング。
まるでジェットコースター。

0900 船酔いで低血圧・低酸素状態になってくる。

揺れの周期を測ってみた。アップ2秒、ダウン2秒。周期は4秒。
ついでに脈拍も図ってみた。82回/分。高い。ふつうは60回/分ぐらい。

口を大きく開けて、大きく息を吸い続ける。
ハア~、ハア~、ハア~、ハア~。
ハア~、ハア~、ハア~、ハア~。

だめだ。吐きそうになってきた。

あと30~40分か。耐えられるか?

窓際にいたのだが、中央に移動。
理論上、中央のほうが揺れが少ないはず。

確かにローリングは小さくなった。ような気がする。
しかし、船全体の上下動は変わらず。4秒周期で揺れ続ける。
吐き気は止まらない。

低酸素状態で脳が酸素不足なのがわかる。
酸素を含む血液を脳にたくさん送るには横になるほうがいい。それはわかっている。
だが、吐き気が強くなる気がする。どうする?

だめだ。4人分の席を占領して横になる。

0940 波照間港到着。

セーフ。吐かずにすんだ。

船から降りる。

土砂降り。

レンタルバイク店のオヤジさんが迎えに来てくれていた。

おはようございます~。

これじゃ、バイクは無理だな。車を借りたほうがいいよ。

そうですねぇ~。せっかく迎えに来ていただいたのに、すみません。

あそこにショップが見えるだろ。あそこで借りたらいいよ。

わかりました。
すみませんが、あそこまで乗せて行っていただけませんか?

バイク借りないのに、図々しいやつ。
でも、歩いたら、傘があっても全身びしょ濡れ。

いいよ。

気のいいオジサン。ありがと~。感謝!

1000 レンタカーを借りる。

あふれた雨で道が川のよう。

川の中をしぶきをあげながら走る。

波照間空港。ちいさな空港だ。
定期就航の旅客機はない。緊急輸送などに使う。

空港前の駐車場の風景。

何だろう?
ポール先端から45度の位置に黄色の円が描かれている。
雷と関係があるのだろうか?

島の南端に向かう。

アダン(阿檀)の街路樹。

パイナップル or 小さいバナナに似ている。

道の両脇にアダンが続く。

ノンビリした鳩。まったく逃げない。
通れないから、どいてくださ~い。

島の南岸に着く。

高那崎(たかなざき)。たくさんの百合が咲いている。

海岸は岩場が続く。波と岩と百合。

このアングルで撮るのにひと苦労。雨もパラついてるし。

しゃがんで撮影中、後ろの鋭い岩に引っ掛けてレインウェアに小さな穴があいてしまった。失敗。屋久島に行くまでに補修せねば。

波照間島星空観測タワー。閉まっていた。
開いていれば、日本最南端の証をいただけたのだが、、、残念。

最南端エリアに到着。駐車場の前にこんな看板が、、、

「低潮線」という言葉、初めて知った。
潮が最も引いたときの、海面と陸地とが交わる線。
領海や排他的接続海域に影響する基準線だ。

碑へ続く小路。全国からの石でできているらしい。

日本最南端之碑に到着。
碑の形をまねて記念撮影。

反対側から。
真ん中に遠く見えるのは、波照間島星空観測タワー。

よし! これで、日本の有人島の四端を制覇。

さて、島をグルっと一周しよう。

雨に打たれてたたずむヤギ。

ところどころぼやけているのは私の涙。
ではなく、フロントガラスについた今日の雨。

「最南端」という名のペンション。
ここ、島の南端じゃないんですけど。ニシ浜だから、むしろ北端。
まあ、名前なんて付けたもの勝ち。

ペンション前のニシ浜から見える海。青のグラデーションが美しい。

昼食を食べる飲食店をGoogleマップで探す。飲食店の数は少ない。

あやふふぁみ、というお店に入る。たそがれ、トワイライトという意味だそう。

店内のようす。

メニューの一番上、スーチカ(塩豚)定食を頼む。
食べたことがない。

これがスーチカ定食。

これがスーチカ。白い部分は脂身なのだが、さっぱりした感じで美味しかった。

コート盛。昔の遠方監視台みたいなもの。右手の石段から登る。

波照間島灯台。島のほぼ真ん中にある。

シラサギがたくさんいる。首元の羽が美しい。

牛とシラサギが2組。仲良く餌を食べている。

シラサギが牛にまとわりつく。
ねえ~、虫がでてきたらちょうだ~い。
ああ、いいよ。ほら出てきたよ。どうぞ。
ありがと~。

ほほえましい光景。

ヤギが雨に打たれて寒そうにこちらを見ている。
車を停めて写真を撮っていたら、悲しい目をして近寄ってきた。
♪ 連れて逃げてよ~、と言われても、、、こっちもはぐれ物だい。

オヤケアカハチ誕生の地。15世紀末の首領。
オヤケアカハチの乱で有名? 詳しくはウキペディアで。

レンタカーを返し、フェリー待合室でうろうろ。

あだん、という名の売店。なぜ、この名を?と思ったが聞きそびれた。

防波堤で釣りをする人々。けっこう大きいクロダイ系などが釣れるらしい。
釣れる魚の固有名詞を教えてもらったが、覚えられなかった。

船が到着。

双胴船。確かに船体が2つある。正面から見るとよくわかる。

※南太平洋ポリネシアの原住民が使っていたカタマランが双胴船の一種なので、双胴船をカタマランということがある。こっちのほうがかっこいいので、個人的にはカタマランと呼んでいる。もちろん、知らない人には通じない。

カタマラン、かっこいいですね。この角度が一番いいかな。

お兄さん二人が接岸作業。係船索(ロープ)をビット(係留用の鉄杭)に掛けたところ。

船の上のお兄さんがモーターの黄色いスイッチを操作して、係船索をどんどん巻き取る。
船はどんどん岸壁に近寄る。
3,2、1、はい接岸。

乗客が降りたら、荷物の積み下ろし作業。おねーさんも男たちに混じって大奮闘。

帰路は雨は止んだのだが、波はそれなりにあり、船もそれなりに揺れ、それなりに酔った。

まあ、宿に戻って飲めば、もっと良く酔えるだろう。

【本日のマニアック】

開いたドアから植物が侵入。車が乗っ取られている。

屋根を覆う植物。名称不詳。
味がある、と思うか、諸行無常を感じるか、人それぞれ。

11月25日(日)117日め 福井恐竜博物館、発掘体験はできず (T_T)

能登半島に行こうかと思ったのだが、何度か行っているし、寒そうだし、この時期は観るものがなさそうだし。で、パス。

福井県に行って、天空の城、越前大野城を観ることにしよう。
11月は雲海が発生する確率が高いらしい。今がチャンスだ。

天空の城がある大野市の隣は勝山市だ。
ここには恐竜博物館がある。この博物館は発掘体験ができることで有名だ。
恐竜には興味がないのだが、発掘体験はしてみたい。

相棒バイクで走るのは4日ぶり。天気がいいのでルンルン気分。

福井県に向かう途中の風景。なぜあそこだけ黄色いのだろう?

手取川ダム。
ロックフィルダムという形式の造り。コンクリートじゃなくて、岩石や土砂を積み上げて造る。表面の石積みが独特で美しい。

金沢から75km、2時間ほど走る。そろそろ恐竜博物館に着くころだ。

あれだ! 山の中に、突然、銀色のドームが出現する。
UFOの母船みたいだ。ちょっと興奮。

近づくにつれ、来場者を盛り上げる演出が。子供たち、おおはしゃぎしそう。

発掘体験施設だ!

入り口の掲示。ん? ×が並んでるけど、、、

近くに行って確認する。

ガ~ン!!!!!

案内係の方に尋ねたら、先週の3連休までやってたんですけどねぇ、という回答。

タッチの差。残念!

恐竜自体には興味はないが、まあ、せっかく来たのだから、一通り見てみよう。

案内マップ。本を開いたようなデザインが面白い。

恐竜の口の中ではしゃぐ子供たち。
恐竜はいい迷惑。オレの口の中で遊ぶなよ~。おまえたち、おれを何だと思っているんだぁ?

折紙細工的巨大恐竜。

駐車場にはバスもちらほら。

ここやで

うん、これなら私も間違えない。いいね!

記念写真を撮る、仲良しグループ。
撮影しているのはお母さん、じゃなくて案内係。

こっちは息子が恐竜博士の膝の上。
お父さん、大奮闘。

館内に入る。

最初に、長~~~いエレベーターで底までおりる。
展示を見ながら、だんだん上に戻ってくるのだ。

天井の明かり取り。
この部分は、屋根がガラス張りの円錐形になっている。

地底ではタモリのポスターが待っていた。

タモリ、福井に来る。

ブラタモリの告知。12.8(土)放映予定。
ブラタモリは書籍も出版されていて、売上部数上位にランクインしている。

恐竜を目指して歩き始める。

縞状鉄鉱 酸素(O2)発生の証拠となる岩石 先カンブリア時代

「死の舞踏」 カブトガニが死ぬ直前に残したはい跡 中生代ジュラ紀

はい跡は、よく見ないとわからない。右側にちいさなボツボツがずっと続いている。

ストロマトライト 水や大気への酸素の供給に貢献したバクテリアが作った構造

ウミユリ Sea lily 花を付けた植物のように見えるウニやヒトデの仲間 古生代デボン紀

長~~~い廊下に展示が続く。恐竜にはなかなか会わせてもらえない。

ウミユリと二枚貝 流木に着生した生き物 中生代ジュラ紀

下のほうに横たわる濃い茶色のが流木。そこから生えている植物に見えるのがウニやヒトデ。流木のすぐ上にひっついているのが二枚貝。

魚竜 中生代に滅んだ海生爬虫類 中生代ジュラ紀

オルサカンサス 古生代に栄えたサメの仲間 古生代ペルム紀

さまざまな化石がこんなにも完全な姿で残っているのがすごい。

さあ、いよいよ恐竜の登場だ。

リアルに動くティラノサウルス。恐竜といえばまずこれだよね。

動きが本当にリアル!

って、本物は見たことないけど。

怖くて泣き出す子供もちらほら。最新ロボット技術の成果。

お肌の質感も本物そっくり。恐竜肌。

って、本物は見たことないけど。

鏡の前で後ろの恐竜とツーショット。

アロサウルス。こちらも動きがリアル。

間近にいるのでけっこう怖い。

展示されている恐竜の種類は多い。子供たちは大満足だろう。

私は興味がないのでざっと見ただけ。
以下、面白いと思ったもの。

名称不明。背中の骨が美しい。この部分で放熱し体温調節をするのだとか。

プラセンチセラスの一種 アンモナイト目プラセンチセラス科 白亜紀

こんなにも美しく輝く化石は初めて見た。

共食いしているように見える魚

たぶん、たまたま重なっただけ。

テリジノサウルスの前足

40~50cmほどある。

クシファクティヌス:大型魚類

たぶん頭部だけ。これが全体なら面白いが。

カライワシの仲間:現代型の魚

こうして見ると現代型の魚は流線形でスマートだ。

ボトリオレピス:装甲を持った魚

魚なのに装甲があるのが面白い。カブトガニっぽいが、魚だから脊椎があるということだろう。

ウレンケリス(ウナギの仲間)とエビ

江の島で食べた、丸焼きたこせんべいを思い出してしまった。
たこがプレスされてこんな感じだった。

“魚の群れ”(大量死を示す)

群れのまま化石になっているのがすごい。

めのう

30cmぐらいある。指輪にするにはちょっと大きい。

最上階に出る。エレベーターの反対側だ。
吹き抜けの下を眺める。

ミッション・インポッシブルの撮影に使えそう。
きっと主人公がこの空間に宙吊りになるはず。

例によって記念撮影。今回は恐竜博士とツーショット。

恐竜博物館から大野市の宿までは13km、30分ほど。

途中、畑の中にお城が出現。勝山城博物館。

コンクリート製。あくまで博物館。勝山城には天守はなかった。

大野市に入る。

街で見かけたお店の看板。

名称不明。窓のレトロ感がいい。

さあ、早く宿に入って、早く寝よう。明日は朝が早いぞ。
雲海に浮かぶ天空の城を観に行くのだ。

【本日のデータ&感想】
福井県立恐竜博物館:入場料720円。
発掘体験ができなかったのが残念。次回はタイミングを考えて来よう。
化石の展示が素晴らしい。恐竜に興味がなくても面白いと思う。
もちろん恐竜の展示数も豊富なので、興味があれば私の何倍も楽しめるはず。

11月17日(土)109日め 「富山ガラス大賞展」&「刀をめぐるダンディズム 刀と拵展」

富山市にはいろいろな美術館がある。
いろいろ回りたいが、興味深い順に行くことにする。

まずは、富山ガラス大賞展2018。
富山市ガラス美術館で開催。この美術館は図書館も兼ねている。

1階受付でチケットを買い、2階に上がる。

2階はロビーになっている。

吹き抜けから上を見上げると、、、

木材を装飾に使った素晴らしいデザイン。

2階フロア。左手正面はエレベーター。ガラス張り。

3階フロア。

エスカレーターから吹き抜けを見下ろす。

図書館エリア。柱が鏡で覆われている。本が映るのでとても広く感じる。

面白いので記念撮影。

ここで問題。
(1)どれが鏡の映像でどれが実物?
(2)鏡に映る鏡の映像もあります。どこでしょう?

どこもかしこも本だらけに見える素晴らしいデザインです。

エレベーター前。ガラスに描かれた案内がお洒落。

現代ガラス美術の巨匠デイル・チフーリ氏の代表作が6階に展示されている。
これは撮影&私的利用はOK。

トヤマ・リーズ(Toyama Reeds)
※Reedは葦(あし、よし)のこと。富山県産木材を使用。

トヤマ・フロート・ボート(Toyama Float Boat)
笹舟は富山の神通川の漁で使用されていたもの。フロート(浮球)は117個。うち95個が富山で制作された。

トヤマ・ミルフィオリ(Toyama Mille Fiori)
※ミルフィオリとはイタリア語で千の花。

富山ガラス大賞展2018の会場入り口。

中は撮影禁止なので写真はありません。

大賞の作品はダントツで素晴らしかった。
ガラス芸術の範疇を越えて、新しい芸術分野を切り拓いていると思う。

大賞:Shieid II (ビョルク・アエサ、ノルウェー)

参考までにパンフレットを掲載。
写真ではこの作品の1000分の1も伝わらないのだが気休めにどうぞ(笑)
※苦情が来て削除するまでの期間限定掲載です。

作品は、背丈ほどのサイズの湾曲したガラス8枚を空中に吊り下げたもの。年輪のように4つの同心円を描くように配置。うち4枚のガラスに電極を貼り付け、振動板として使用。低いかすかな不思議な音を流す。同心円の最も外側のガラス2枚にゆっくりと動く人体(裸体)がプロジェクターから投影される。1枚のガラスは男性、もう1枚は女性。2人の動きはシンクロしている。音と人体の映像は作家の脳波をベースにしたものとの解説あり。

パンフレットの写真は、プロジェクターから投影された画像が映っている、一番外側のガラスを撮影したもの。人体は動き続けるので、写真はその一瞬にすぎない。

正直なところ、ガラス芸術がこんなに面白いとは思わなかった。何でも体験しないとわからないものだ。

次は、刀をめぐるダンディズム 刀と拵(こしらえ)展。
森記念秋水美術館で開催。

この美術館は、リードケミカル株式会社の創業者、森政雄氏のコレクションを公開するもの。日本刀が中心だ。秋水は、曇りの無い研ぎ澄まされた日本刀、の意味。

今回は、拵(こしらえ)にフォーカスした展示会なので、面白そう。
※拵とは、鞘(さや)、柄(つか)、鐔(つば)など、日本刀の外装のこと。

ロビーで甲冑がお出迎え。これは現代作家のもの。

兜の前立(まえだて)が黒いうさぎ? 何だかなあ。

越中の刀工には3派があるらしい。

展示室に入る。

写真撮影OKなので撮りまくり。

腰青貝微塵塗銀一分刻鞘(こし あおがい みじんぬり ぎんいちぶ きざみざや)
脇指拵(わきざしこしらえ)

黒小刻鞘脇指拵(くろこきざみざや わきざしこしらえ)

金梨子地葵紋散蒔絵鞘(きんなしじ あおいもんちらし まきえざや)
糸巻太刀拵(いとまきたちこしらえ)

竹塗打刀拵(たけぬり うちがたなこしらえ)
※漆だけを使い、竹に見えるよう仕上げたもの。

白檀笛巻塗鞘半太刀拵(びゃくだんふえまきぬりざや はんだちこしらえ)

※半太刀拵(はんだちこしらえ)とは、太刀(たち)としても刀(かたな)としても使用できるようにした造り。
※太刀(たち)は、刃(やいば)を下にしてぶらさげて身に着ける。平安~鎌倉~室町初期の馬上戦用。
※刀(かたな)は、刃を上にして腰帯に指して身に着ける。室町後期~江戸の歩兵戦用。

記録漏れ。

黒漆藍鮫研出鞘打刀拵(くろうるし あいざめとぎだしざや うちがたなこしらえ)
※藍鮫(あいざめ)とは相模湾や駿河湾の深海に住むツノザメの皮のこと。藍鮫を巻き、漆を塗り、表面を研いだもの。

黒漆研出鮫鞘大小打刀拵(くろうるしとぎだしさめざや だいしょううちがたなこしらえ)
※大刀と小刀の2本組。粒の大きな鮫皮を使い、青貝の粉を蒔いて仕上げたもの。

朱漆塗桜花文散(しゅうるしぬり おうかもんちらし)
印籠刻鞘打刀拵(いんろうきざみざや うちがたなこしらえ)

黒漆紅葉文鞘(くろうるしもみじもんざや)
虫尽金具脇指拵(むしづくしかなぐ わきざしこしらえ)

記録漏れ。合口(あいくち)の脇指(わきざし)。
※合口とは、鐔・鍔(つば)がない短刀。柄(つか)と鞘(さや)がピッタリ合うから合口という。匕首とも書く。

記録漏れ。これも合口(あいくち)の脇指(わきざし)。こちらは小柄(こづか)がさせるタイプ。

小柄(こずか)も凄いのがある。

加賀象嵌(かがぞうがん)の小柄。
※象嵌は、地金を彫り、異なる金属を埋め込んで(埋金)絵柄を作る技法。加賀の象嵌は地金と埋金に凸凹がない平象嵌(ひらぞうがん)が多い。

30本セットで蒔絵の箱に収められている。贈答品だったらしい。

鐔・鍔(つば)も凄いのがある。

七宝紋螺鈿鐔(しっぽうもんらでんつば)
※漆と繊細な青貝で七宝模様を表したもの。

扇形鐔(おうぎがたつば)

七宝紋鐔(しっぽうもんつば)

一丁だけ展示されていた鉄砲。上部の金属に細かな模様が彫られている。

これらの拵はほとんどが江戸時代のもの。刀剣も平和な時代になると美しく飾られるようになるのだ。

七宝紋螺鈿鐔、ほしいなあ。

【本日のデータ】
富山ガラス大賞展2018:入場料1000円、図書館は無料。
刀をめぐるダンディズム 刀と拵(こしらえ)展:入場料1000円。音声ガイド付。

11月16日(金)108日め 魚津埋没林博物館へ行く、素晴らしい展示だ!

実は、富山と言えば「薬売り」というイメージしかなかったのだが、
ごめんなさい! と言いたくなる魅力に溢れていた。

その一つが埋没林博物館。魚津市(うおつし)にある。

魚津埋没林博物館の入り口。
右下の階段を進むと入り口だ。

チケットを買って入ると、通路の頭上にこんな案内図。
これを見ただけで、素晴らしい博物館の予感。
コミュニケーションデザイナーが、きちんと考えたわかりやすい案内図だ。

埋没林の説明。

むかしむかし、ここが陸地だったときに育った樹木。
その後、海面が上昇して樹木は海底に潜り、泥炭層が堆積。
さらにその後、再び海面が低下し、泥炭層に埋まった根っこが陸地で発掘された。
これが埋没林。

過去、海面の高さはけっこう変動しているらしい。上はその推移を表すグラフ。

まず、水中展示館へ行こう。
これがあるから見に来た。

水中展示館入り口。かっこいいね。

解説。
発掘した場所から根を動かさず、周囲に展示場を作ってしまった。
素晴らしい!!!

根が水の中に浸かっている。大きい。
写真だと水中なのがわかりにくいかもしれない。

次は乾燥展示館。こちらは普通の展示。

大きい根が2つ展示されている。

これはその1つ。根をひっくり返して、下側を上に向けてある。
右上から左下に向かう真っ直ぐなやつは、根とは別の木の幹。
倒れた幹の上に根を生やしたもの、と解説にある。

これは杉の年輪と人間界のできごとをマッピングしたもの。
どの年輪ができたときに何が起こったかを示してある。
面白い発想の展示だ。

第二次世界大戦終結はこんなに外側なんですね。

ドーム館。発掘現場の再現。

出土した埋没林をそのままの位置で展示している、とある。

根の向こう側の壁に「0M」の表示が。青いラインが海抜0mということらしい。
つまり、この根は海抜0mのところで出土したわけだ。

実は埋没林は日本全国にあるらしい。海岸だけでなく、内陸にもあるのが興味深い。
海岸とは異なるメカニズムなのだろうか。海水の上下ではなく、陸の上下なのかもしれない。

一覧を載せておきます。拡大すれば文字が読めます。興味があれば行ってみてください。

富山市の近くでは「41 入善吉原沖海底林」がある。スキューバダイビングをしないと見られないだろうが、面白そうだ。

最後に、屋上展望台からの風景。

朝日岳 2418m

剱岳 2998m

【本日のお酒】

銀嶺月山 槽前酒(ふなまえざけ)

普段は純米酒しか飲まないが、名前が気に入ったので本醸造だが買ってみた。
醸造用アルコールが添加されている。ちょっとドキドキ。

【本日のデータ】

今日で67歳になった。
ブログのヘッダーを「66歳が~」から「67歳が~」に更新した。
これからは、この数字が増えるのを楽しむことにしよう。

9月17日(月)95日め 大地の芸術祭(2)清津峡渓谷トンネル

大地の芸術祭の正式名称は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。
その参加作品に「清津峡渓谷トンネル」がある。

えっ、渓谷じゃなくてトンネルが芸術祭参加作品?
意味わからん。

でも何だか面白そうな予感。今日はこれを最優先でみよう。

宿から1時間ほど走り、清津峡渓谷入り口に着く。

左に見える白い建物が、昨日ブログに書いた「磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館(通称SoKo/ソーコ)」。旧清津峡小学校の体育館をリニューアルしている。

駐車場に相棒バイクを停め、徒歩で清津峡に向かう。

休日だけあって家族連れが多い。車・バイクは通れない。

途中の掲示板。トンネルに入る料金800円。ただし芸術祭期間中料金。

ということは待てよ、今日、芸術祭は終わる。明日は無料になる???
ついついセコイ考えが頭をよぎる。

まあ、せっかく来たのだから行ってみよう。

200mほどで入り口。

トンネル入り口。芸術祭参加作品「N-080ライトケーブ」
※Light Cave 光の洞窟

入り口全体。壁に何か書かれている。

デザインされた案内表示。

料金、営業時間、現在位置

マップの真ん中。全長 約750m、所要時間 約40分~60分。

マップの右端。見晴所が3つあり、最後にパノラマステーションがある。パノラマステーションって?

とにかく行ってみよう。

チケット売り場(常設)。通常料金600円。芸術祭中800円。200円の差は当然。

いよいよトンネル内に進む。照明はグリーン。

休憩&展示スペース。

清津峡形成の歴史。

清津峡とトンネルとの位置関係など。

清津峡の地層学的特徴。六角形の柱状節理がメイン。

先に進もう。第一見晴所まで325m。

2つめの休憩&展示スペース。証明がオレンジに変わる。

清津峡地形模型。

第一見晴台まで225m。

シャッター扉が2つ並ぶ。何だろう?

トンネル工事の際にここから温泉が出たらしい。

証明が赤に変わる。

第一見晴台に着く。左手。

進むと外が見える。

観光客が多い。芸術祭最終日だから?

柱状節理。傾き加減が面白い。

流れの上に柱状節理の断面が見える。なかなか見られない風景。

第二見晴所まで60m。

第二見晴所に着く。あの銀色のドームはなに?

通路の真ん中にドンとある。不思議な光景。

トイレだった。小さくトイレマークが見える。

外の風景。

第三見晴所まで60m。

第三見晴所。不思議な光景。

照明カバーに外の風景が映る。

左が映った風景。右が本物。面白い仕掛けだ。

パノラマステーションまで200m。

照明が青に変わる。

パノラマステーション到着。撮影する観光客でいっぱい。

床の水に人の姿が映る。壁際を進む人たち。

進み方の説明。小さくて気づきにくい。デザイン優先の弊害。

床に薄く水が張られている。水鏡(みずかがみ)。転落防止柵は透明な素材。

正面の風景。

円形の風景。素晴らしい!

デザイナーは誰だ? マ・ヤンソン。中国出身の建築家。まったく知らないが、すごい発想をするデザイナーだと思う。

800円分は十分に堪能した。

さて戻るか。

行くときには気づかなかった絵のようなもの。何だろう?

ここにもある。壁には動物の絵。床には足跡。

ここにも。壁の絵と床の足跡。

これも演出? 手が込んでいる。すごい。気づくか気づかないかの微妙な存在感ラインを狙っている。このデザイナーすごい!

チケット売り場で、この話をする。

え? 動物の絵? あれはリニューアルする前のもので、壁に書いてあったんです。
完全に消し切れてないんです。すみません。

ガクッ! 勝手な思い込み。(私の場合は)よくあるケース。まあ、楽しめたから良しとしよう。

宿に向かう。

と、、、、、こんな看板が目に飛び込む。

うまい酒あります

おお、さすが新潟! 素晴らしい。

入り口。こういう雰囲気だと外れはなさそう。

入り口上の看板。いいね!

看板の説明。なるほど。

期待通り。無濾過+原酒+生酒。この三拍子が揃っているお酒が壁にびっしり。

こっちも。う~~~。素晴らしい。

自己制限金額より少し安い。いいね! で、これをゲット。

宿に着いてさっそく開封。遮光用新聞を剥がす。

鶴齢(かくれい)。

裏のラベル。山田錦100%、精米歩合65%、アルコール分17%。

なんてことはさておき。さっそく飲んでみる。

美味しい!!!!!!!!

飲みすぎたので寝ますぅ お休みなさい~

【本日の思索】

観光とは何か:「安全に」「非日常」に出会うこと。VRではない現地で。

美味しい日本酒とは何か:無濾過原酒生酒。これに尽きる。銘柄? そんなの関係ねぇ~ 精米歩合65%? 精米しすぎない(高級すぎない?)ほうが美味しい。
お米の味が感じられるから。

9月11日(火)89日め 笹川集落(砂金遺跡)と宿根木

朝からいい天気。佐渡島の南側半分をグルっと一周しようと思う。

昨夜泊まったのは真野というところ。下のマップで赤丸あたり。

西が真野湾。昨日、見学した酒蔵の銘柄は真野鶴。

真野湾沿いを走ろうと思い、港に出る。

トンビがいる。

何か食べている。

あっ! 獲物をつかんで飛び去った。魚のようだ。

朝の空気が気持ちいい。漁船とのツーショット。

トンビが悠々と飛んでいる。いいなあ。あんな風に飛びたい。

真野湾沿いを走る。広々として気持ちいい。

パノラマで撮ってみた。

丘陵地帯を走る。

青空と海と稲。

稲と海と青空。

湾の近くまで行ってみる。行き止まり。眼下に海が見える。

しばらく走り、佐渡西三川ゴールドパークに着く。

ここは砂金取り体験ができる施設だ。受付のおねーさんに周囲に遺跡があるかを尋ねるとマップをくれた。

笹川見どころマップ。このエリアを笹川集落と呼ぶらしい。笹川集落は砂金山に関連する遺跡などがある村だ。マイナーなので素朴でいいかもしれない。

よし、このマップに従って観ていこう。

おねーさんから教えられた道を走り、笹川集落に着く。

このあたりだ。

マップの裏側。詳細な説明がある。

上(02)から下(11)に向かって順に観ていくことにする。
※「02」「11」はマップ上の番号。

01と02は別の道なので、01は後回し。

02 大山祗(おおやまずみ)神社。

鳥居の左手に能舞台がある。

能舞台の正面。こんな山村に能舞台とは驚いた。昭和20年代まで能が演じられていた、と資料にある。

老朽化が激しい。このままで遺跡として維持できるのか?

すぐ近くに、03 金子勘三郎家。砂金山の名主(なぬし)の家。

江戸時代後期の建築、とある。

道からの風景。家の裏側だ。

庭に入り、表に回る。

手前の建物。

奥の建物。

どちらも老朽化が激しい。このままで遺跡として継続できるのか?

04 銀山役所跡・金山役宅跡。何もない。

05 井ノ上沢(いのかみさわ)。

諏訪神社跡。今は水田。

棚田だ。奥に行ってみる。

ずっと上まで棚田が続いている。

06 立残山堤跡(たてのこしやまつつみあと)。何もない。

07 石積み水路跡。

石積みの上が水路だったらしい。水漏れ防止に粘土を貼っていた、と資料にある。

相棒のところで終わっているのは、道路を作ったときに壊してしまったから。道路の反対側に続きの石積みがあるのだが、草に覆われていてよくわからない。

10 旧西三川小学校笹川分校。

昭和37年の建築、平成22年まで使っていた、と資料にある。

09 阿弥陀堂(あみだどう)。小学校の裏手にある。

江戸時代前期の建物らしい。

壁に掛けられた由緒書き(ゆいしょがき)。「四国八十八ケ所霊場 第七十六番 讃岐国 金倉寺 移」と読める。

裏手。痛みが激しい。トタン板で雨をしのぐ。このままでいいのか?と思うが、いろいろ事情があるに違いない。

近くの一般住宅。小学校と同時期の建築だろう。洗濯物が干してある。
小学生のころに住んでいた家はこういう感じだった。ここに住み続けるのはたいへんだろう。

12 虎丸山

砂金山最大の稼ぎ場。砂金取りで露出した赤い山肌を見ることができる、とある。

これがその山肌。確かに茶色い。

01 立残山

最後に行ったのがここ。順序が逆!とか言わないで。

砂金山の採掘地の一つ。人力によって掘り崩された急斜面を望むことができる、とある。

それがこれ。

う~む。樹木の間からそれらしきものが見えるが、、、
豪雨で崩れた山肌と区別がつかない、、、

個人的には面白かったが、観光地としての一般受けはしないと思う。
はっきり言ってしまってごめんなさい。

海に向かって丘陵をくだる。

青い空、緑の樹木、赤いリンゴ、黄色い稲。こういう普通の風景がいい。

光を浴びながら、ゆっくりトコトコ走る。

丘陵なので樹木がなく、見通しがいい。段々畑に稲が実る。農家の人が軽トラでやってくる。相棒を止めて、すれ違うのを待つ。こんにちは~。どちらからともなく挨拶をする。こういう瞬間が大好き。

青空と田んぼの風景を楽しみながらトコトコ走る。

青空と雲と稲と名も知らぬ赤い雑草。

雑草の声が聞こえる。名前があるんだから、ちゃんと調べてね~

う~む、約束はできない。ごめんね。

海岸に出る、ちょっと手前。

青い空、白い雲、青い海、小さな白い花、緑の葉。それに錆びた鉄製の何か。色のコントラストがいい。

これからの話はこのあたり。

小木港(おぎこう)に着く。

佐渡名物、たらい舟。お客さんがいないので手持無沙汰で待つ女性陣。右端の一人が私が撮影している気配に気づいてこちらを振り向く。

手を振る。手を振り返してくれる。

相棒バイクを停め、おねーさんとお話でも、と思いながら歩いて行く。

と、観光バスがやってきた。

あっと言う間に女性陣、大いそがし。

けっこう波がある。たらいは揺れる。スリル満点。

おねーさんとのお話は諦めて、湾岸沿いを走る。

イカ釣り船。大型でカッコイイ。もっと小さいのが多い。

港を出て宿根木(しゅくねぎ)に向かう。

「←矢島経島」の標識があちこちに。ちょっと行ってみよう。

着いたときに見えた風景。たらい舟。なかなか絵になっている。

たらい舟の真ん中はガラスばり。覗くと海中が見える。

矢島経島という名前の通り、島が二つある。

熔岩が冷えて固まった島。歩道は整備されている。

赤い橋を越えると島になる。と、いきなり面白い門が、、、

自然の木を生かした造形。

通り抜けると、、、

奇抜な造りの建物。

相当な趣味人が作ったに違いない。

ところがパンフレットにも案内図にもまったく説明なし。島から戻って地元のおねーさんに尋ねたら、明治時代の政治家の別荘だったとのこと。まったく手入れがされていないので、あと何年もつのやら。ますます荒んだ廃屋になるのか、取り壊されるのか、復元されて新たな明治別荘風ホテルになるのか、興味は尽きない。

さあ、宿根木に急ごう。

宿根木の500mほど手前にある博物館。廃校になった小学校の再利用。

味のあるポスト。

入り口右上の看板?と鐘。赤い「非常通報装置設置」。このチグハグ感が面白い。

こちらは左上の看板。「ALSOK」との組み合わせがチグハグ感満載。面白い。

博物館の中。一室だけ昔の教室のまま。小学校がこうだったなあ。

隣は千石船(せんごくぶね)展示館。

正面。

千石船(弁才船)は江戸時代に米を輸送していた船。千石積めるのでこの名が付いた。
※千石:1石(いっこく)は約150キロ。150000キロ(150トン)積めることになる。
※1石:当時、1人が1年間に食べる平均的なお米の量。1石のお米が買えるお金が1両。1石のお米が収穫できる田んぼの広さが1反(たん)。その360分の1(1日)のお米が収穫できる広さが1坪。

中に入る。

正面に千石船がドン。カメラに入りきらない。

後ろ。

前。

ぐるっと回り込んだ後ろ側。

この千石船は白山丸といい、当時の工法で復元したもの。

概要説明資料。「512石積」とある。この船は小さいため、厳密には千石船ではなかったようだ。構造が同じなので千石船と呼んでいる。弁才船よりわかりやすい。

脇にかけられた梯子を登る。

梯子を登り切ったところ。後ろ側。

前側。

上下が二重構造になっている。下に降りる。

下は倉庫。後方。

前方。

船員はたったの7名前後だったらしい。それで日本海を走る。想像しただけで寒気がする。

500mほど走り、ようやく宿根木に着く。

宿根木町並み案内所。屋根の上に石。江戸時代の伝統的な材料&工法?

この前に相棒バイクを停める。

と、案内所から20歳代前半の若者が出てきて、宿根木マップを渡してくれ、何をどう見ればいいのかを案内してくれる。

なるほど。ということでさっそく町の中に。

町の入り口。

細い路地。

細い路地。

旧郵便局舎。2階のグリーンが目印だ。

家の中が見られる。有料。

入り口から覗いて、撮影。ここまでは無料。

水路に沿った細い道を進む。

有名な三角の家。

吉永小百合が写っているJR東日本のポスターが有名。

上から町並みが見える高台に登る。

笹薮を抜けると、、、

密集した住宅。西側。

北側。屋根の上に石を乗せている家がチラホラ。

見終わって、案内所の若いおにいさんとお話。

市の職員?

いや、ボランティアです。交代でやってます。せっかく来ていただいたので、よく見ていただたほうが嬉しいので。

ここには何軒あって何世帯が暮らしているんですか。

50軒ほどあるんですが、暮らしているのは27世帯です。お年寄りが亡くなったり。引っ越したり。

ここで生活するのはたいへんなんでしょうね。

そうだと思います。いろいろな制約がありますし。観光客のみなさんがいらっしゃっても収入につながる家はわずかですし。市から補助金も出ますが、維持費のごく一部ですね。

そうですよねぇ、、、

土産物屋が1軒(閉まっていた)。飲み屋のような雰囲気のお店が1軒(閉まっていた)。カフェが1軒(閉まっていた)。

見る側は、古い町並みを楽しみ、ノスタルジーに浸り、写真を撮り、ブログのネタにする。それはそれでいいのだが、、、

景観を維持しようとする側は、大きな負担を強いられる。負担に対する対価は少ない。宿根木ではゼロに近い。地方の観光地は大小の差はあれ、その構図の中にある。宿根木はその典型だと思う。

しばらく走る。

船つなぎ石。

白いのがそれ。江戸時代に船(というより舟)をつないだ石が残っている。

こっちにも3本。

ここでもたらい舟。絵になる風景。

宿に向かう。

夕日に輝く稲の束。昔は近所で見られた風景。絵になる。

佐渡は観光スポットではないところにも絵になる風景がいっぱい。

【本日の思索】
宿根木では人が住まない建物が半分近く。住まないと傷む。木造なので老朽化がはやい。維持するには費用がかかる。補助金では賄いきれない。近隣の維持をしたいと思う人たちがいろいろ奉仕をしているようだ。
町の入り口で観光客から入場料を取る、という手もあると思うが、今はしていない。案内所の前に募金箱があるだけ。案内のおにいさんが100円募金をしていると話していた。そのくらい出しますよ(出しました)。
平泉でやっていたオーナー制度という手もある。
観光客が増えて、儲かるのは運輸系(鉄道・フェリー・航空・レンタカー)と宿泊施設と観光会社。これらからお金を取る、という手もある。
どれがうまくいくかは不明だが、収入がないと維持できないのが現実だ。