2019/11/15 (速報)天空の城、竹田城址を撮りに行く(D267)

0400 起床、準備。

相棒バイクは雨でビショビショ。昨夜降ったようだ。これは雲海が期待できる。

0440 相棒バイクで出発。

0450 立雲峡の駐車場に到着。

0500 ヘッドライトを点け、登山口から登り始める。目標は、第一展望台。

月が明るい。星も綺麗だ。雲がまったくない。雲海への期待がますます高まる。

0530 第一駐車場に到着。すでに30人ほどの人たちが。

月と朝焼けのコラボレーション。

0630 日の出。

向こう(右手方向)は雲海で埋まっている。あれがこちらにも来てくれれば、、、
左手から右手へ微風が吹いている。風に流されて向こうに移動してしまうようだ。

展望台には100人ほどがズラリ。雲海の出現を待ちわびる。
雲海は下のほうに少し。なかなか増えない。

0740ごろの風景。

0800ごろ、第2展望台まで下がったところの風景。位置関係で雲海が増えたように見える。微妙だが、天空の城、とまではいかないかな。

1100 竹田城址に登る。駅裏登山口から30分。

大きくて凄い城址だ。見晴らしも最高。
次回はここから雲海を観たい。

夕方~夜、一宮から来たBMWに乗るライダーさんと歓談。楽しかった。
長くなるので詳細は割愛。

写真をたくさん撮り過ぎたのでチョイスが間に合わない。
速報でご容赦。

【本日のデータ】
立雲峡:竹田城址の定番撮影スポット。協力金200円。竹田城址から車で10分。
竹田城址:入場料500円。年間パスポート 1000円。2回で元が取れる。

【本日の宿】
昨日と同じ。竹田城址の近く。古民家ドミトリー。

2019/11/02 原爆ドーム&広島城に立ち寄り、三段峡へ(D257)

今日は、広島県の北西部、三段峡近くの宿まで移動する。明日は三段峡を歩く予定。
広島市から約50km、2時間弱なので、余裕だ。
原爆ドームに寄って行こう。

と、向かう途中、パトカーに捕まる。

直進禁止の交差点を直線してしまったのだ。
納得できず現場検証。確かに直進禁止の標識がある。
でも、道路には直進の通行帯があり、路面には ↑ が描かれていた。
直進OKなのはバスだけ、と警察官。
確かに直線禁止の標識の下には、小さく「バスを除く」と書いてある。
バスのあとをついて走り、標識をきちんと確認しなかったのが敗因、というわけだ。
う~ん、騙された! という気がするが、、、
徹底抗戦しても法律上勝ち目はない。
マラソンも札幌に決まったことだし、小池都知事と同様、合意(納得)なき決定(処罰)に従うことにした。
2点減点、反則金6000円。2日分の宿代が消えた。

赤信号で止まってもバスの直後だったら、陰になって標識は見えないのではないか。
次回、広島に行ったら現場検証してみたい。
なんてね。今はカッカしてるけど、反則金を払った3日後には忘れてるだろうな。

気を取り直して、原爆ドームに立ち寄る。

原爆投下前。広島県物産陳列館。

爆発の瞬間(イメージ)
写真左手上空600mで爆発した。爆心地から100m.

爆心地。現在は医院。

写真右上に鳥居がある(赤丸部分)。倒れていない!

神社名を書いた額(名称未調査)も残っている。吹き飛ばされなかったとは驚き!
今なら「奇跡の鳥居!」と大騒ぎかもしれない。
爆心地で偶然お会いしたガイドさんに尋ねると、広島城の入り口に移設されている、とおっしゃる。

行ってみよう。

これだ。
補修個所はごくわずか。凄い!
神社名を書いた額(名称未調査)は新しいものに交換されている。
当時のものはどうしたのだろう。気になる。見てみたかったが調査時間がない。

鳥居の向こうの広島城に向かう。

お決まりのツーショット。
天守閣は戦後のものだが、石垣は昔のもの。やはり主役は石垣になる。

天守閣(資料館)に入る。
外はそれっぽく再現しているが、中は資料館仕様。コンクリート製。

最上階(6階だったと思う)からの風景。ビルとビルとビル。

こちらはマンション。
どちらも復興の成果。眺めが悪いと言うのは筋違い。

一部にはこんな景色も。紅葉が始まっていた。

【本日の標語】
気をつけよう 広島市内の 直進禁止
気をつけよう 違反を誘う 路面の表示
気をつけよう 違反を待ってるパトカーに

【本日のデータ】
原爆ドーム:立入禁止。
広島城:入館料 180円(65歳以上の料金、若い大人は370円)。
不倒の鳥居:爆心地に近かったので爆風が真上から来た、だから倒れなかったらしい、と鳥居の近くにいた警備員さんはおっしゃっていた。
なるほど、とは思うが、それなら神社名を書いた額が落ちなかった理由がわからない。謎は深まる。(数年後の)次回訪問へ続く。
広島県警パトカー:違反多発地点を常時徘徊。職務に全力を尽くす。

【本日の宿】
三段峡近く。筒賀温泉。

2019/10/27 萩から世界遺産 大板山たたら製鉄遺跡を経て津和野へ(D251)

今日は、萩から津和野へ向かう。
途中、山口県の世界遺産 大板山たたら製鉄遺跡に立ち寄る。

20km、1時間ほど走り、世界遺産のある福栄エリアに入る。

無人販売店。100円均一。

その反対側の風景。ごくフツーの山あいの風景。いいねぇ。

山道を走って世界遺産に向かう。

世界遺産ビジターセンター。

説明ビデオ上映、解説パネルなどがある。グリーンは無料ガイドさん。

ガイドさんと一緒に遺跡に向かう。

石垣の上は鍛冶場跡。

製鉄所の中心部に向かう。

遠方から運んできた砂鉄を置くところ。

砂鉄の洗い場。砂鉄以外の不純物を洗い流す。

製鉄をするところ。全体を覆う建物があった。

透明パネルに建屋が描かれている。むこうの景色は本物。
パネルに描かれた3つの赤い丸を敷地に打ち込んである赤い杭に合わせると、こんな感じで風景に建屋の絵が重なる。
アナログAR!
誰が考えたのだろう。いいアイデアだ。位置合わせが少し難しいのが難点だが。
※AR:Augmented Reality、拡張現実感

左手の赤茶色のが製鉄炉があった位置。
右手の黒いのが天秤鞴(てんびんふいご)があった位置。

製鉄炉の解説。

天秤鞴(てんびんふいご)の解説。

製鉄炉と天秤鞴のアナログAR.
2~3分かけて、ようやく位置があった瞬間に撮影。

山口県の世界遺産では、どこでも無料でガイドタブレットを貸し出している。
内容はすべて同じだが、見るたびに新鮮な気がする。

初期画面。5つの世界遺産のメニュー画面。

大板山あたたら製鉄遺産の当時の様子。

製鉄所の詳細イラスト。
ガイド全体の情報量は少ないが、ちゃんと見るとポイントがわかる。

45km、1時間少し走って津和野に着く。

市街地をゆっくり走ると、造り酒屋を発見。
これは買わねばなるまい。

【本日のお酒】

津和野 純米原酒 秋季特別限定 ひやおろし 秋ざかり
醸造元 石州酒造 販売元 華泉酒造

【本日のデータ】
無料ガイドさん:ムチャクチャ詳しい。自分で調査もしているとおっしゃる。お名前を伺うと市瀬(いちのせ)さん。あとでネット検索してみよう。
津和野:城下町の佇まいを残す街並み。隠れキリシタンの協会が街並みに溶け込む。明日ゆっくり散策する予定。

【本日の宿】
津和野市街。

2019/10/26 萩の世界遺産&浜崎伝建地区を観る(D250)

さて、今日は萩の「明治の産業革命遺産」見学だ。
造船所跡、反射炉、松下門塾(しょうかそんじゅく)の3カ所。

宿から10分ほど走り、恵美須ヶ鼻造船所跡(えびすがはな ぞうせんじょあと)に着く。

ブルーシートが目に入る。説明板に「庚申丸造船場」(こうしんまる ぞうせんば)とある。庚申丸は日本で初めて作られた「西洋式木造帆走軍艦」だ。

造船所全景。右側。

同じく、左側。思ったより狭い。
発掘調査の結果を踏まえて、当時の作業エリアがロープで示されている。

庚申丸造船場(こうしんまるぞうせんば)

スクーネル打建木屋(すくーねるうちたてごや)

絵図木屋(えずごや)
「原寸大の図面を作成した図面場。建物の平面規模は約27.5m×5.0m」とある。
原寸大の図面を作ったのか。おそらく、それを下に敷いてその上に建造していったのだろう。

萩反射炉に着く。
ここには実物が残っている。写真右上の端に反射炉の茶色い頭が見える。

階段を登り、反射炉入り口に着く。無料ガイドさんがいる小屋。
覗いたがガイドさんはいなかった。説明に出ているのだろう。

これが萩反射炉。手間でお話している人たち。右の人がガイドさん?
話かけたらそのとおり。
ガイドお願いしま~す。

いろいろ説明していただいた。
結局、この反射炉では鉄は作れなかった。残念!
その理由が面白い。
のだが、長くなるので割愛。興味があればネット検索してみてください。

裏に回って撮ってみた。
実物が残っている、というのはいいね。ビジュアルは大事だ。わかりやすい。

次は、有名な吉田松陰(よしだしょういん)。松下村塾(しょうかそんじゅく)へ行く。「まつしたむらじゅく」ではないので注意(笑)

松下村塾(しょうかそんじゅく)前。
黄色い服のガイドさんに説明を受けるご一行様。

NHKの大河ドラマがね、うんぬんかんぬん。と話しているのだろう。
「松下村塾」と言われるこの建物は、塾のために建てたもの。住んでいたわけではない。

住んでいた家はこちら。すぐ隣の父の家。
大きい家だ。写真は家の一部(1/3ほど)

松陰神社。住居の少し奥にある。
教え子たち、伊藤博文などが作った神社なのだそう。

吉田家の家紋が幕に描かれている。家紋の中の「卍」が気になる。
卍が描かれている家紋は初めて見た。
最初は、神仏混交? と思ったが、家紋だから関係ないはず。
調べたら面白そう。

早めに観終わったので、宿の周りをブラブラ。

商店街のハロウィンイベント。ファミリーでいっぱい。
左手にはかわいい魔女もいる。いいねぇ。

こっちでは、ゆるキャラ(名前わからん)と子供たちが記念撮影。
このゆるキャラ、猫っぽいので「〇〇にゃん」とか言いそう。
まさか「はぎにゃん」じゃないよね。

お腹が空いたので、露店でクリームパンを買う。
クリームパンなんて10年以上食べてないと思う。素朴な感じだったので、つい買ってしまった。
見た目のとおり、素朴な優しい味で美味しかった。
写真はイベント案内パンフの上に乗せて撮ったもの。

萩市には伝建地区(伝統的建造物群保存地区)が4つもある。
堀内地区(ほりうちちく)、平安古地区(ひやこちく)、浜崎(はまさき)、佐々並市(ささなみいち)だ。

その一つ、浜崎に向かう。

途中で見かけた「鶴江の渡し(つるえのわたし)」
対岸の鶴江地区とこちら浜崎地区を結んでいる。

観光用ではなく市民の足。無料。
今でも日常的に利用されているのがわかる。
運行時間内だったが、市民ではないので遠慮して乗らなかった。ちょっと残念。

浜崎伝建地区に入る。

旧山村健住宅。側面から。

同じく。正面から。
木造の茶と漆喰の白。このコントラストがいいね。

旧山中家住宅(右側)
2階が高いのが特徴。左の家と全然違う。

旧萩藩御船倉(きゅうはぎはんおふなぐら)
その名のとおり、船を格納した船倉。
前面は木製扉。両側&奥は玄武岩の石積み。上は瓦屋根。
昔は松本川に面して船が自由に出入りできたらしい。その後、埋め立てられて今は市街地の中。旧藩時代で、屋根を葺いた船倉としては全国唯一の遺構。

相棒バイクでゆっくりと回っていると、、、

おお、屋根に猛禽類が。サシバかトビか詳細不明だが。
生まれ変わるとしたら絶対にこれ。いつも優雅に空を飛んでいる。いいなぁ~。

藤井家。海産物&魚問屋。
木造の長い建物。屋根の高さが3種類あるのが面白い。2階の高さが異なるのだ。どうして?

無名の一般住宅。一階の木造と二階の漆喰のコントラストがいい。

池部家。
屋根が3層で、1階2階は屋根が斜めに傾いている。
さらに、1階は上から見た形が三角形。
とても奇妙な造りをしている。面白い!
Myお気に入り建築物No1になりそう。

中村亀吉商店。
ガラスに映る相棒バイク&私を意識して撮影。こういうのももいいね。

人が住まない木造住宅。

柱は朽ち、、、

二階の梁は割れ、トタンは錆び、、、

壁は剥がれ、、、

木壁は剥がれ、、、

伝建地区は規制が多く住みにくい。子供たちは市外・県外に働きに出る。
だから高齢者だけが住む。
高齢者がいなくなったら、どうなるのか、、、
日本国中の伝建地区が抱える課題だと思う。

ということはさておき。こちらは住宅と蔦(つた)のコントラストが面白い。

これだけしっかりと蔦が絡むと雰囲気がいいですね。

大嶋家。
醤油醸造元。写真では見えないが、中には大きな樽が置いてある。

泉福寺への入り口。門なのだろう。家と家に挟まれた独特のビジュアルだ。

一日中、変化に富んで楽しかった。
ブログ用写真のセレクトがたいへんだぞ。

【本日のデータ】
観光&ガイドさん:すべて無料。ありがたいが申し訳ない。特に伝建地区にはお金を払ってもいいと思う。囲いがないので、集金方法が難しいのが問題。

【本日の宿】
萩市内。昨日とは別の宿。今日は土曜日なので安い宿を取るのはたいへん。
いつも土曜日の宿確保で苦労する。

2019/10/20 大宰府&大野城跡を歩く(D244)

博多から20km、40分ほど走って、大宰府天満宮に着く。
参道の入り口に西日本鉄道 大宰府駅がある。
駅の駐輪場に相棒バイクを停め、参道を歩く。

観光客であふれる参道。令和効果か?

木組みを使ったデザインのスタバ。
みんなが記念撮影をしている。海外からの人たちも大喜び。

御神牛(ごしんぎゅう)の頭を撫でながら記念撮影する親子。
後ろでは順番待ちの大行列。

太鼓橋を渡る。
一つ目の太鼓橋から撮影。向こうに見えるのが二つ目の太鼓橋。
さらに向こうには鳥居と楼門。

楼門の前の広場ではバンドが演奏中。
広場は露店と観光客でいっぱい。
いつもこうなの? と思ったら、こんなポスターが、、、

SOL A MEETS IN DAZAIFU というイベントだった。
これほどじゃないけど、土日はお客さん、多いね。とはお店の人の話。

楼門。
屋根の上の龍は「登龍門伝説 飛龍大神ねぶた」

う~む、よくわからないが、いろいろなことを考えるものだ。

本殿前には参拝者の大行列。

参道には梅ヶ枝餅のお店がたくさん。

一つだけ買って食べてみた。平たくした大福餅を焼いたもの、という印象。
130円。このお店ではPayPayが使えた。

お店ごとにいろいろな作り方をしている。
買ったのは手作業で焼くお店だったが機械で焼く店もある。

2個ずつ焼く機械。グルグル回りながら焼き、下から出てくる棒が蓋をパカッと持ち上げる。

こちらは1個ずつ焼くタイプ。
きっと餅も1店舗ずつ異なるのだろう。比較研究したら面白いかも。

大宰府の北西に大野城跡がある。
大野城は、大宰府があった時代に築かれた古代山城だ。唐(とう)・新羅(しらぎ)連合軍から大宰府を守るために作られたと言われている。

行ってみよう。
途中の岩屋城跡にも寄ってみたい。

相棒バイクで3km、10分ほど走り、岩屋城跡(本丸跡)に着く。

岩屋城跡入口。ここから5分ほど階段を登る。

本丸跡では(たぶん)ツアーの人たちがガイドさんの説明を聞いていた。

素晴らしい見晴らしだ。大宰府の町全体が見下ろせる。

大宰府政庁跡。建物がない空間なので遠くからでもわかりやすい。

大野城跡入口付近のパーキングに着く。

大野城跡の案内版。
現在地はエリアの南端あたり。太宰府側だ。

バイクを停め、歩いて見て回る。

焼米ヶ原。

遠く見えるのはさっきのツアーグループ。あそこには玄清法印の墓がある。
※玄清法印:17歳で盲目になった僧侶。盲僧琵琶(筑前琵琶)の開祖。

なだらかな丘になっていて散策にはちょうどいい。

玄清法印の墓から少し登ったところ。見晴らしがいい。
ベンチではお母さんと娘さんが絵を描いていた。

大宰府天満宮がよく見える。

八ッ並地区に着く。ここには高床倉庫の礎石群がある。

これが礎石。
高さが異なる場所に14棟分の礎石がある。
イノシシのしわざなのか、土が掘り返されていた。

百聞石垣(ひゃっけんいしがき)。
大野城は南北に2kmほどの広さがあるが、その北端あたり。
100間(180m)近くあるのでこの名が付いたとか。
大野城はほとんどが土塁(どるい)。石垣は一部だ。

あっと言う間に15時だ。まだ観たいところがあるので、大野城跡は終わり。

大宰府政庁跡。大宰府の中心地だったところ。
建物の礎石が並んでいる。発掘調査に基づいて復元したもの。

坂本八幡宮。
「令和」で一気に有名になった。
大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅があったところらしい(所説あり)。
大宰府天満宮とは異なり、質素で落ち着いている。

お宮の壁に貼られていた解説。
「令和」「万葉集」「梅花の宴」「大伴旅人」「大宰府」の関連性が解説されている。
こういうの、いいね。これで私もにわか令和通。

「祝 令和」の華やかなのぼり。

令和の記念碑。できたてのホヤホヤ。
私は記念碑には興味がないのだが、これはこれでいいね。

御朱印にも興味がないので、写真なし。ごめんなさい。

【今日のデータ】
梅ヶ枝餅:130円。
大野城跡:周囲を囲む土塁・石垣の総延長8km.自然歩道を歩くと面白そう。
坂本八幡宮:御朱印の授与日は決まっている。欲しい人は要注意。

【本日の宿】
博多駅近く。昨日とは異なる。
安い割には設備がいい。新しい考え方でメリハリを付けている。
メインターゲットは外国人と若年層。

2019/9/20 綾、西都原古墳群を観て、延岡へ(D214)

9時過ぎに起き、朝食をご馳走になる。
奥さまが焼いたパンがとても美味しかった。

出発前に記念撮影。

雨がパラついていたので、玄関前の軒下で。
奥さまが撮影してくださった。

母屋をバックに撮っていただいた。
右側に写っているのが奥さま。たいへんお世話になりました。
朝食の手造りのパンも美味しかったです。

今日は、綾町→西都原古墳群→延岡というルートだ。

まず、綾に立ち寄る。
ここは、自然をとても大切にしている町だ。
知人は宮崎に移った直後に3年ほどここに住んでいたらしい。
とても素晴らしいところ、と絶賛していた。

「綾の照葉樹林プロジェクト」の案内板。
人工樹林(スギ、ヒノキ)を少しずつ照葉樹林に切り替えていくというもの。
※照葉樹林(しょうようじゅりん):常緑広葉樹林の一種。葉の照りが強い樹木が多いのでこの名がついている。

手つくりほんもの処(センター)

綾で収穫された果物や野菜が並ぶ。

綾町自然生態系農業認定制度(※)の説明板。
※綾町では昭和63年に「綾町自然生態系農業の推進に関する条例」を制定している。

「顔が見える!農産物等出荷登録生産者名簿一覧表」
知人の名前もあった。

建物の中。

地元の人が買いに来るので、評判がいい品はすぐ売り切れるらしい。

綾町自然生態系農業認定制度の説明があちこちに下がっている。

こちらは「認証基準の仕組み」の説明。基準が明確なのがいいね。

「ねりくり」って何?
お店の人に尋ねたら、丁寧に教えてくれた。お餅とお芋を混ぜて練ったものらしい。

「千恵子さんのあん入りねりくり 250円」を買ってみた。
きなこがまぶしてある。

がぶっ、といったときの断面はこんな感じ。
大福みたいな触感だが、ねりくり(皮)が柔らかく、ほのかに甘い。
ねりくり(皮)もあんこも美味しかった。千恵子さん、ありがとう。

「綾菜薬膳」というお弁当が美味しそうだったので買うことに。530円。
夕飯にする予定。

綾城。別名、竜尾城
町を見下ろすように建っている。
元々の綾城は鎌倉時代に築かれたが、江戸時代に廃城になった。
現在の綾城は、昭和60年に戦国初期城楼建造物として構築されたもの。
元々の綾城を復元したというわけではない。

木造の渋い建物だ。現在は歴史資料館となっている。

綾町から25km、40分ほど走り、西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)に着く。

写真の黄色い丸が古墳その他の遺跡の位置を示している。
日本最大級の古墳群だ。

時代により、前方後円墳、円墳、地下式横穴墓群の3種類があるらしい。

鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)(206号墳)
鬼が一夜で造ったという伝説からこの名がついている。

二重になっているので、外側(土塁)に登ってみた。

内側はこんな感じ。窪み部分が横穴式石室。この奥に遺体を納める玄室がある。

81号墳。円墳。鬼の窟古墳からよく見える。

男狭穂塚(おさほづか)古墳。
樹木の向こうにこんもりと土が盛り上がっている。
日本最大の帆立貝形古墳ということなのだが、横から見ても形はわからない。

女狭穂塚(めさほづか)古墳。
よく見ると樹木の向こうがこんもりと盛り上がっているのがわかる。
九州最大の前方後円墳。やはり形はわからない。

72号墳。円墳。

202号墳。前方後円墳。

169号墳。円墳。

第3古墳群。写真には4つの円墳が写っているが、周囲にはたくさんの古墳がある。

という感じで、どこもかしこも古墳だらけ。
小さい古墳は形がはっきりわかるのがいいね。

西都原古墳群から40km、1時間ほど走り、美々津(みみつ)に着く。
江戸時代~明治・大正の町並みが残る、重要伝統的建造物群保存地区だ。

美々津軒。
商家(旧矢野家)を修理復元した建物。一般公開されている。入場無料。

下が木造の町家、上が土蔵という造りが面白い。

家の前に跳ね上げ式の縁台(えんだい)が付いているのが面白い。
写真は跳ね上げた状態。

消防施設。消防車が入っているかどうかは不明。

カフェ。

二階も木造というのは珍しい。観た範囲ではこの建物のみ。

美々津から30km、1時間ほどで、延岡の宿に到着。
今日は140km近く走ったので、ちょっと疲れた。

【本日のデータ】
西都原古墳群は、桜・菜の花・ヒマワリ・コスモスなど四季折々の花が咲くという話なのだが、今日はまったく何もなし。寂しいものだった。

美々津は情緒ある町並みだが、無人の家も多く、寂しさが漂っていた。
重要伝統的建造物群保存地区は、さまざまな制約があり、住むのはたいへん。
歴史と観光と普通の暮らしという3つのバランスをとらないとやがてゴーストタウンになる危険性がある。

【今日の宿】
延岡市内。台風が近づいているので、様子をみながら連泊も検討中。

2019/5/9 首里城へ行く:1. 城壁&新公開の御内原を堪能(D172)

今日は、玉陵(たまうどぅん)&首里城に行く。
世界遺産群の中心的存在だ。

玉陵(たまうどぅん)
※「うどん」ではなく「うどぅん」。

チケット売場。地下が展示室になっている。

まず展示室に行く。

概要説明によると、玉陵は王族の納骨堂。

納骨室の模型。納骨室が3つある。
向かって左が王と妃。真ん中が洗骨室。右が一族。

骨を入れる厨子甕(ずしがめ)。沖縄では、ジーシガーミ、と言う。

中に入ること、触れることを禁じます。
Prohibited to touch and enter inside.

中に入る? 入れるの? 
四角いほうはD200×W300×H300mmぐらい。
丸いほうは直径200mmほど。
でも、きっと誰かが入ったんだろうなあ。そうでなければ、この貼り紙は無いはず。
入ったとすれば四角いほうか。
2歳ぐらいの幼児なら入ることもあるかも。

と、考えてはみたものの、今でも釈然としない。
係員に尋ねればよかった。反省。

玉陵に向かう。

外壁。

中央の門から入る。

入ったところ。何もない広い空間。

奥にも門がある。

門を入ったところ。納骨室が並ぶ。
写真は向かって左側。歴代の王&妃が眠るところ。

右側。一族が眠るところ。

3つの扉が面白かった。

向かって左の、王と妃の扉。左扉が黒く、右扉が白い。

真ん中の洗骨室の扉。左扉が白く、右扉が黒い。王と妃の扉とは逆。

向かって右の一族の扉。左右とも白い。

この配色は意図するものか偶然か?
単に、黒い扉は昔からのもの、白いのは最近のもの、というだけかもしれないが。
係員に尋ねればよかった。反省、その2。

さらに、これらの扉、閂(かんぬき)の違いが面白い。

王と妃の閂。左右均等の長さ。左側の留め具がない。破損した感じ。鍵もない。
王と妃の納骨室がこのままで大丈夫なのか?
係員に尋ねればよかった。反省、その3。

洗骨室の閂。閂は左が短く、留め具は左右の扉に付いている。鍵は左の扉。新品。

一族の閂。閂は左が極端に短い。留め具は左1つ右2つ形つ。鍵は右の扉。新品。

3つがこんなに異なるようにしたのは偶然? 意図的?
係員に尋ねればよかった。反省、その4。

洗骨室付近の壁をガリガリとひっかいている作業員。

お仕事中すみませ~~ん。何をなさっているんですかぁ?

△%&☆シダを取っているの。
苔は残してもよくて、△%&☆シダだけ取ってる。
△%&☆シダはほっとくと増えるんだなぁ。

そうなんですかぁ~、お疲れさまですぅ~。

△%&☆の部分、聞いた直後は憶えていたが、3歩あるいたら忘れてしまった。

掃除が終わったエリア。苔だけ残っている。

これから作業するエリア。シダと苔が混在している。

チケット売場のおねーさんたちに質問してみた。
取り除いている植物の名前は何と言いますか?
さっき聞いたんですが、忘れてしまって、、、

後ろにいた男性職員が出て来て回答してくださった。

取ってるやつ? ホウライシダ。はいっ。

と、見せていただいたのがこれ ↓

除草指示書。なるほど。

アレっ? 苔は取らなくてもいいって作業員の方がおっしゃっていましたが、、、

壁はそのままでいいんですが、地面のは取るんです。滑って危ないから。

なるほど。指示書、写真撮らせていただいていいですか?

いいですよ。どうぞ。

ずうずうしい観光客にも親切な対応。学芸員かもしれない。

東の詰所。

西は詰所跡。

さあ、次は首里城だ。4年前に来ているので2度め。
今回は、今年2月から公開された御内原(おうちばら)を見るのがメイン。
あと、城壁全体をちゃんと見る。

結果的に、上の図の赤線部分を歩いた。
こうしてみると、けっこう歩いたなあ。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

門の後ろに回り込む。
御嶽は門の後ろのこの空間。

守礼門の下を通り、歓会門に着く。

他の城(グスク)には門の上の木造建築は復元されていなかった。
首里城は復元されている。あると雰囲気が違うね。

向かって右側の隅頭石(すみがしらいし)。
隅頭石は今回の旅で気に入ったものの一つ。美的だ。
中城城(なかぐすくじょう)のもよかった。

門を入って、後ろから見る。
雨が直接当たらず汚れていない石垣部分はきれいだ。

石積みが面白い。

布積みのようだが違う。横を直線にそろえず、ずらしている(写真赤丸)。
布積みだと横にズレやすいはず。その弱点を解消する積み方だ。
おそらく、整層乱積み(せいそうらんづみ)。
素材の琉球石灰岩は柔らかそうなので、加工しやすさを生かしている感じ。

このような積み方も、かなり厳密に復元しているはず。
復元過程について調べたら面白そうだ。

門に続く城壁部分。ここも縦横のラインをずらしている。
気をつけて見ると、あちこちがそうなっている。

チケットを買い、御庭(うなー)に入る。正面が正殿。
赤(敷瓦)と薄黄色(石灰石)を組み合わせた床面のデザインが独特だ。
中央はさながらレッドカーペット。浮道(うきみち)と言う。
独特のデザインセンスが面白い。優秀な建築デザイナーがいたのだろう。

正殿に入る。

ガイドさんの無料案内に申し込む。15名限定。

ガイドさんの案内を聞きながら見学。
内部は撮影禁止だが、外を撮るのはオーケー。
ガイドさんを撮るのも(たぶん)オーケー。

正殿脇の南殿・番所で企画展を開催中。

琉球で使われているさまざまな赤色の展示会。撮影NG。
深い赤や鮮やかな朱など、たくさんの種類の赤がある。
製法もいろいろで、虫を煮て色を抽出するなど、面白かった。

王家の秘宝展。撮影NG。
写真にある二本の脇差。鞘がとても美しかった。
左:青貝巴紋散合口拵(あおがいともえもんちらしあいくちこしらえ)
右:青貝微塵塗印籠刻鞘合口拵(あおがいみじんぬりいんろうきざみさやあいくちこしらえ)

奥書院に掛けられていた掛軸。空気に触れるため、これは複製。
原本は黄金御殿(くがにうどぅん)のガラスケースに入っていた。撮影NG。

正殿二階の大庫理(うふぐい)。
ここで使われているさまざまな赤についてガイドさんが解説。面白かった。

玉座台の脇の彫刻。リスとブドウは幸福を招くのだそう。ガイドさん一押し。

王冠。

玉璽(ぎょくじ)。国王が持つ実印みたいなもの。
大きい。5cm角ぐらいだったと思う。

いよいよ正殿の裏手、御内原(おうちばら)に入る。
国王や家族の生活空間。女性がすべてを取り仕切る大奥みたいなところ。

全体の配置はこんな感じ。

正殿を裏に抜けたところ。後之御庭(くしのうなー)。

寄満(ゆいんち)。国王と家族の食事の準備をしていた場所。

女官居室(にょかんきょしつ)。

世誇殿(よほこりでん)。国王の即位の例が行われた場所。

脇を通って後ろに進む。

金蔵跡。宝物の保管庫。資料がなく復元できないので場所だけ。

さらに進むと、白銀門。

白銀門を入ったところ。寝廟殿(しんびょうでん)。
国王が亡くなったとき、遺体を一時的に安置した場所。
資料がなく、建物は復元できず。基壇のみ。

寝廟殿脇の階段を登る。

東(あがり)のアザナ。城の最東端にある物見台。
城下が一望できる。国王になった気分。

高いのが正殿。裏から見ている形。

東の方向に遠く久高島が見える。細長く霞んで見えるのがそれ。
神が最初に降りた島。
最初のうち国王は久高島までお参りに行っていた。そのうち斎場御嶽(せーふぁうたき)から久高島を拝むことで済ませるようになった。
どちらにしても久高島は信仰対象。

東(あがり)のアザナのすぐ脇。鐘楼があった場所。
時を知らせる鐘。ここなら、あたり一帯に鳴り響いたことだろう。

正殿の方向(西)を望む。城壁の曲線がよく見える。

北側には沖縄芸大。独特のデザインなのですぐわかる。

奥まで行きついたので、戻る。

湯殿跡。正式名称記録忘れ。
女官たちが湯あみする姿を想像するのはご自由に。

世誇殿に戻る。

イベントの真っ最中。

正殿を横から。屋根の上の龍をじっくり見たことがなかった。
よく見ると、とても精巧に復元してあるのがわかる。
髭がピロロン~と曲がりながら伸びているのが面白い。

北殿に入る。今は土産物売場だ。

売場脇の壁。首里城 Q&A。
22問ある。さあ、あなたはいくつ正解できるか。
問題と解答は次のブログを待て(笑)

北殿を出て、城壁の外を東に向かう。

淑順門(しゅくじゅんもん)の前を通り、さらに東に向かう。

ガマ遺構。女官たちの息抜きの場だったという伝承がある。

右上の高いのが、先ほど登った東(あがり)のアザナ。

正面に見える階段は登らず、左に回り込む。

最も外側の城壁を見下ろす。曲線が美しい。上部中央は右掖門(うえきもん)。

西に向かい、右掖門の脇を通り過ぎ、

久慶門(きゅうけいもん)から外に出る。外に出て振り返ったところ。

城壁の外側をまた東に向かう。城壁に沿ってグルっと半周しようという計画。

今いるのは、マップ中央の青い★あたり。
これから時計周りにグルっと回る。

城壁らしい城壁が続く。

左手は沖縄芸大。

東に進むにつれて高くなる。正面に東のアザナ&鐘楼エリアが見えてきた。

東のアザナ&鐘楼エリアの下を通り過ぎ、、、
城壁のカーブに沿って先に進む。

継世門(けいせいもん)が見えてきた。

継世門から中に入る。

正面に美福門が見える。ここからは中には入れない。

右手にある階段を登って、東のアザナのすぐ下に向かう。

左が東のアザナ、右が鐘楼エリア。

階段を右に降りるとガマ遺構。

今いるのは、マップ最上部の黄色い★あたり。

階段を美福門側に戻る。

美福門の前を通り過ぎ、ずっと西まで歩く。

西(いり)のアザナ。
正面の赤い屋根は首里杜館(すいむいかん)。首里城公園レストセンター。
レストラン、カフェ、ショップなどがある。

木曳門(こびきもん)から外へ出る。
門の上には木造の建築物があったはずだが、復元はされていない。
建物があった凹みに雑草が茂っているだけ。
ローカルな門は無視されがちだ。ちょっと哀愁がある、こんな門が好き。

ちょうど歩き終わったタイミグで雨が降り始めた。

カッパのズボンを履く。
カッパの上を着る。
ヘルメットをかぶる。
傘をさす。
スマホと小さなビニール袋を持って樹の下に行く。
Googleマップに宿の近くのスーパーマーケットをセットする。
スマホにビニール袋を被せて相棒バイクに戻る。
フォルダーにスマホをセットする。
傘をしまう。
エンジンをかけて走り出す。

雨が降ると一つ一つに手がかかる。

【本日の宿】
那覇、泊(とまり)ふ頭付近。若い人たちが運営する大規模ゲストハウス。2泊め。

【本日のデータ】
歩行距離:5km
歩数:10,416歩
登った階数:25階

2019/5/8 世界遺産 勝連城跡に行く(D171)

明日から首里城を見るので、今日は那覇までいく。
途中、世界遺産群の勝連城跡(かつれんぐすくあと)に立ち寄る予定。

奥間の宿からうるま市の勝連城跡までは約80km、2時間。
勝連城跡から那覇までは約35km、1時間。
余裕があるので、ゆっくり見られるだろう。

2時間走って勝連城跡に着く。

エリアの入り口。

360°パノラマのバーチャルツアーなどを見たい人は、上のQRコードをスキャンしてください。現地にいなくても大丈夫です(笑)

ドローン禁止。最近はこの表示が多い。

階段を登る。

上の方に一番外側の城壁が見える。
その手前の空き地は防御田地(ぼうぎょでんち)。

湿地なので足が取られて敵が侵入しにくい、らしい。

左手に見えるのが一番外側の城壁。

右手に見える城壁。これも一番外側。
この左右の城壁は、昔はつながっていたと思われる。

少し入ったところから城壁を見上げる。

門口のカー。カーは泉。身分の低い家臣が利用していた、とある。

仲間ヌウカー(カンジャガー)。カンジャは鍛冶屋。仲間家は鍛冶屋だった。
仲間ヌウカーは、仲間家の泉。カンジャガーは、鍛冶屋の泉。

発掘調査中のエリアもある。

城壁を見上げる。
今、立っているエリアのことはわかっていないのか、名前や用途の説明がない。

ミートゥガー。縁結びのカー(泉)。
私なら、密会のカー、と名付けるな。

ウタミシカー。ウタミシは、お試し。占いという意味。
泉の水が豊富だと不作、水が少ないと豊作、というのが面白い。
われわれの感覚とは反対だ。水が豊富すぎる場所だったということか。

三の曲輪(くるわ)に向かう。団体さんが階段に並んでいる。
※曲輪:「郭」と書くことが多い。沖縄では城(グスク)によって発音が異なり、「くるわ」「かく」の両方がある。

階段を登り切ったところ。向こうが三の曲輪。

三の曲輪の中から四脚門(しきゃくもん)を見る。

三の曲輪の中は広い。

二の曲輪と一の曲輪が見渡せる。
二の曲輪に登る階段が3つあるのが面白い。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は P1353109-1280x853.jpg です

三の曲輪の解説。興味があれば拡大してどうぞ。

肝高(きむたか)の御嶽(うたき)/トゥヌムトゥ(神人が腰掛けた石列)。
御嶽はこのエリア全体、トゥヌムトゥは石列だけ。

二の曲輪(くるわ)基壇。石積みで一段高くなっている部分のこと。
写真では手前の部分が凹んでいるが、ここは古い時代の建築のようだ。

真ん中の階段を使い、二の曲輪に登る。

舎殿跡(しゃでんあと)。

二の曲輪の解説。

ウミチムン(火の神)。

ウシヌジガマ。
「ウシヌジ」は、身を隠して凌ぐ、という意味。「ガマ」は、自然の洞窟。
かなり狭い。中は暗くてどうなっているかわからない。入るにはそうとうな勇気が必要だ。

一の曲輪に向かう。観光客用の階段もあるが、脇が本来の道。

ダラダラ勾配を登ると階段がある。
最終防御ラインの造りになっているらしい。

階段を登りきった正面。

右側。そんなに広くない。

一の曲輪の解説。

最後の王の解説。
王を賛美する歌に、勝連を「やまとの かまくらに たとゑる」とあるのが面白い。

玉ノミウヂ御嶽。霊石がご神体というのは、今まで見た中にはなかった。

東の方角を望む。
遠く、橋でつながった島々(浜比嘉島、平安座島、宮城島)が見える。

西側。湾がすぐ近くだ。

二の曲輪に降りる。登ったときとは(階段に対して)逆側の通路。

城壁に沿って降りたところから見上げる。
写真右手は断崖だ。自然の城壁。

かなりゆっくりみたが、それでも1時間30分ほど。

那覇へ向かう途中、海岸でモーターパラグライダーが飛んでいるのが見える。
まだ時間がある。立ち寄ってみよう。

二人乗りの遊覧飛行。

車椅子の人たちが順番に体験飛行をしている。
スタッフが手伝い、車椅子からパラに乗り移る。

オーケー。いくぜ! 
行ってらっしゃ~い~。

行ってきま~す!

2、3歩で、あっと言う間に飛び立つ。

みんなが飛び終わったあとは記念撮影。

飛んでる間も飛んだあとも、みんな大はしゃぎ。
海が綺麗ですごい楽しかった! とおっしゃっていた。

こういうのいいね!

【本日のマニアック】

ブロック片と白いロープ?が包帯みたいで痛々しい。胸がキュンとなる。

なぜ、屋根の上にバイクが???
スピード出しすぎて飛び上がった???
扁平で太いタイヤはドラッグレーサー???
謎は尽きない。

【本日の宿】
那覇、泊(とまり)ふ頭付近。若い人たちが運営する大規模ゲストハウス。1泊め。
50室ぐらいある。外国人比率7~8割。
チェックイン時の担当者(20歳台)がバイク好き。部屋の説明をする前に記念写真を撮っていただく。

写っているのはバイク好きな担当者のお友達。

【本日のデータ】
モーターパラグライダースクール:基礎からパイロット証認定まで、早ければ2週間(毎日受講した場合)。断続的でも可。1年間有効。受講料15万円。
障害:パイロット証認定に当たっては機材の購入が必須なこと。ウィング+エンジン+ハーネス+その他のセットで、約150万円。

2019/4/30 フクギ並木&今帰仁城跡&古宇利島(D163)

今日は、美ら海水族館の近くを通り抜け、フクギ並木を見て、沖縄世界遺産群の一つ今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ行く。
時間があれば古宇利島(こうりじま)にも行きたい。

宿を出発するとき、お母さん、娘さん、お孫さんの女性4人にお見送りしていただく。さらに、ジューシーのおにぎりまでいただく。ありがとうございます。
※ジューシー:沖縄の炊き込みご飯。

沖縄美ら海水族館がある海洋博公園へ向かう途中、こんな建物が、、、

バベルの塔日本版?

ではなく、熱帯ドリームセンター。海洋博公園の中の建物の一つ。

この看板の写真、4年間に女王陛下と来たときに入った記憶がある。
ただ、この外観は見た記憶がない。

エメラルドビーチ。ここも海洋博公園の一部。

フクギ並木通りの入り口に着く。備瀬集落の中にフクギが植えられている。

フクギのトンネルの向こうに伊江島(いえじま)が見える。
真ん中の尖っているのが城山(ぐすくやま)

海岸を歩く。

集落を歩く。

フクギはもう満腹だよぉ~、とすれ違った10代の女の子。
同感!

今帰仁城跡(なきじんぐすくあと)へ向かう途中の交差点脇。
曲がったとたんにこの歓迎。

入場チケット400円を買い、ガイドさん(無料)を依頼。
順番待ち中に昼食。宿のお母さんからいただいたジューシーおにぎりを食べる。

15分ほどでガイドさんOK。説明を受けながら回り始める。

城跡に向かう途中にある模型。城壁全体の形がわかる。

ブルーシートは発掘中の場所。ずっと発掘作業が続いているとのこと。

発掘調査のときに見つかった城壁。草木で覆われていて存在が知られていなかった。

外郭を見上げる。

平郎門。

内側から見たところ。左右は武者隠しみたいない場所。
正確に復元できているのかは不明、とはガイドさん。

ガイドさんに教えていただいたカタツムリ。名前を伺ったのだが覚えていない。
周囲に毛のようなものが見える。それが特徴とのこと。

建物があった場所。

主郭(本丸)にある拝所。

拝所の中。ガイドさんに扉を開けていただいた。

沖縄のお線香。6本が平たくつながって1枚になっている。

打ち紙(ウチカビ)。故人が天国で使うお金。
お参りのときに燃やして天国に届ける。

志慶真門郭(しげまじょうかく)を見下ろす。
城主に仕えた身近な人々が住んだらしい。

志慶真門郭から主郭の城壁を見上げる。

今帰仁城はすべて荒積み。硬い岩石なので切削が難しかったことがその理由らしい。

御内原(ウーチバル)から大隅(ウーシミ)を見下ろす。

石垣の角が独特だ。隅頭石(すみがしらいし)の時代的変遷がわかるらしい。

外へ出る。
曲線を描く外郭の凸部分が一直線に揃っている。
壮観。

今帰仁城は、他のグスクと比べて複雑な構造をしている。
全体がパッとわかりにくい反面、興味深い点が多い。
時間をかけて調べれば面白いだろう。

なきじん 美人多し
わき見 注意!

今帰仁も美人が多いのか! もっとキョロキョロしそうだ。

古宇利島(こうりじま)に向かう。
古宇利島は、屋我地島(やがじしま)を経由して行く。

屋我地島に渡るワルミ大橋の手前、橋の駅リカリカワルミからの風景。
遠く古宇利大橋が見える。

古宇利大橋と古宇利島。

古宇利島から見た古宇利大橋。
海中道路から見る海はみな美しい。

【本日の宿】

名護市役所の近く。特記事項なし。

【本日のマニアック】

おそらくアメ車。直せば面白そう。持ち主は売らないだろう。

2019/4/25 世界遺産 中城城跡に行く(D158)

今日は、瀬長島 ウミカジテラスという観光スポットに立ち寄ったあと、一気に北上して、世界遺産群の一つ中城城跡(なかぐすくじょうあと)に行く。

ウミカジテラスには、たくさんの店舗が階段状に配置されている。

どの店舗からも海が見える、というのが売り。

ウィンドサーフィンをする人たちが見える。

ちょっとお洒落な飲食店が多い。

異色感のあるバック屋さん。

ミシンがある。バック縫製用なのか? 機械感にあふれている。

面白そうなので入ってみた。

おねーさん2人がバッグを製作中。
(小声で)すみません、写真撮ってもいいですか?
(小声で)どうぞ(ニコッ)

この(ニコッ)に弱い。みな美人に見える。

店内を見て回る。

道具類が面白い。

飲食店はどうでもよいので、中城城跡に向かう。
約26km、1時間。

中城城跡(なかぐすくじょうあと)も「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つだ。

マップ左手の管理事務所でチケットを買う。入場料400円。
右端の正門近くまで電動カーで運んでくれる。さすが世界遺産。

すぐ隣の中城高原ホテル跡。
建設途中のまま工事が中断され、40年以上も放置されているらしい。
取り壊しが決まったので見られるのも今のうちだけ。

廃墟好きな私だが、こういうのはあまり好みではない。
活躍していたときのスートリーがなくては面白くない。
廃墟は諸行無常という概念とセットだから趣がある、と思う。

正門へ向かう。大きい。広角24mmでも入りきらない。

パノラマで撮ってみた。

正門から見た城郭内。中にも城郭がある。

「南の郭(かく)」から「一の郭(かく)」に向かう門。
向こうに「二の郭(かく)」に通じる門が見える。

城壁の一部が復元中。石が整然と並べられている。

「一の郭」の武者走り(むしゃばしり)に登る。

武者走りより一段高くなった胸壁(きょうへき)の角に「隅頭石(すみがしらいし)」が突き出ている。

きれいなRだ。

二の郭へ向かう。

二の郭。

二の郭の武者走りに登る。一の郭の方向を見たところ。

三の郭。
二の郭から三の郭へ通じる門はない。いったん「西の郭」へ出たあと「北の郭」へ行き、そこから階段で三の郭へ登る。

裏門から外へ出て記念運動場から三の郭の城壁を眺めたところ。

記念運動場に中城城跡の模型が設置されている。
見ごたえがある素晴らしい城郭だ。小さい城もいいが、大きい城もいい。

さて、今日はキャンプだ。
沖縄県総合運動公園オートキャンプ場へ向かう。
中城城跡から6km、10分ほど。

沖縄初キャンプ。テント設営は2回目。なんだかんだで1時間。
テーブルとイスは事務所で借りた。

さあ、シャワーを浴びてからコンビニに夕飯を買いに行こう。

【本日のデータ】
中城城跡:入場料400円
キャンプ場:1泊2日 2710円、机 500円、イス 100円
テント設営:設営マニュアルを見た回数 1回、約2分。